夢の中の人【前編】

朝方、霧が出ていた。青い霧だった。短い夏をエンジョイするかのように鳥のさえずりが聞こえた。
その人が立っていた。僕の夢に出てくるその人の名前をなぜか僕は知っていた。何かわからないけれど、強烈に僕を惹きつけた。

僕の隣には佳代子が寝息を立てていた。安らかなその音は佳代子そのものだと思う。穏やかで気立てのいい女だ。一緒に暮らし始めて2年経った。僕は佳代子を愛していた。でも結婚するつもりはなかった。佳代子は耳鼻科で看護士をしている。何度かその耳鼻科に通ううちに、佳代子と顔見知りになった。ある日、たまたま入った居酒屋に佳代子がいて、意気投合。その時、電話番号とメールアドレスを交換した。その夜、佳代子からメールをもらった。

「お疲れさまでした。今日はありがとうございました。あんなに楽しいお酒は久しぶりです。お休みなさい」

「こちらこそありがとうございました。僕もとても楽しかったです。お疲れさまでした。お休みなさい」

佳代子は手足が長く、垢ぬけており、顔立ちも整っていた。居酒屋でも、男たちがチラチラ佳代子を見ていた。わざわざ僕にメールをしてこなくても、いくらでもいただろう。なぜ僕にメールをくれたのか、ちょっと腑に落ちない、そんな気分だった。

それから、3日後に、また佳代子からメールが来た。

「こんばんは。今日も一日、お疲れさまです。突然でごめんなさい。この前お友達から、映画のチケットを2枚もらったのですが、もし良かったらご一緒していただけませんか?他に頼める人がいなくて。星野さんにお願いするのも恐縮なのですが、もしよかったら今度の土曜日、空いていませんか?」

特に用事もなかったし、このところ仕事の疲れが溜まっていたので、綺麗な女の子と一緒に映画を見にいくなんて素敵じゃないか。正直うれしかった。

「お疲れさまです。どうもありがとう。僕でよかったら、お伴しますよ。映画の後は、食事でもどうですか?その時は、僕におごらせてくださいね」

「こちらからお誘いしたのに、何だかわるいのですけど、せっかくなので、お言葉に甘えさせてください。ありがとうございます。今度の土曜日、2時30分に、この前の居酒屋の前でお待ちしています。きっと来てくださいね?」

デートなんて5年ぶりだった。その間、誰かを誘ったことはなかった。とにかく独りになりたかった。佳代子の自然な誘いについつい乗ってしまった。でも悪い気はしない。むしろ温かなものを感じた。

仕事、仕事で、毎日それだけで一日が過ぎ、一週間が過ぎ・・・この繰り返しの味気ない日々だった。仕事にこれといった不満はなかったが、遣り甲斐もなかった。親父の後を継いで、中古車販売の会社を経営している。子供の頃から車は大好きだった。でも親父の後だけは継ぎたくはなかった。
親父と僕は水と油のように相性が悪かった。何かにつけ衝突し、中学、高校と十代の頃はほとんど口も聞かなかった。

その親父がある日、心臓発作で倒れた。病院に駆けつけた時はまだ意識があった。

「ゆづるはよくがんばっているなあ」

親父の最後の言葉だった。涙が溢れて止まらなかった。もしも親父が、会社を継いでほしいと言ったら、僕は多分継がなかっただろう。でも親父は最後、真っすぐ僕を見てくれた。それだけで十分だった。この人のために何かしたいと思った。
あれから7年、最初の1年間は無我夢中で働いた。毎日が残業だった。忙しかったが充実していたし、恋人もいた。

恋人とは、忙しさのあまり会えない日々が続いた。最後に会った日から、2ヶ月ほど経ったある日、

「お世話になりました。他に好きな人ができたの。さよなら」

それだけ書かれた短いメールをもらった。僕はなんて書いたのかよく思いだせない。どこかでこうなるだろうと予想はしていたが、やはりショックだった。本当に好きだった。結婚したいと初めて思った女性だった。あんな風に心変わりできることが、僕には信じられなかった。
考えてみれば、親父が死んでからといもの、ほとんど会えずにいた。それでも彼女は毎日メールをくれた。朝はおはようと必ずメールをくれたし、夜は、お疲れさま、お休みなさい、とメールをくれた。
僕のほうは会社を継いでからというもの2、3ヶ月に一度、メールをすれば良いほうだった。
「当たり前だよ。もっと大事にしてあげたら良かったんだよ。あんなにおまえのこと想っていたのに・・・。彼女の気持ち、考えたことあったのか?」会う友達、みんなにそう言われた。

土曜日、2時30分、佳代子はすでに来ていた。グリーンのサマードレスに、赤いウェッジソールのストラップサンダルが映えて、とても綺麗でキラキラしていた。

「早かったね。待たせてしまったのかな」

「ちょうど今、来たところよ」佳代子の額の生え際にうっすら汗が光っていた。

それから僕らは映画を見て、食事に行った。食事は美味しいと評判のフレンチレストランを予約していた。それぞれのテーブルにはキャンドルが灯されていて、豪華で落ち着いた雰囲気を醸し出していた。切れ長の佳代子の目が優しく僕を見ていた。

「すごく美味しいです。今日は本当にありがとう。映画に付き合ってもらったうえに、こんなに素敵なレストランでお食事までいただいて」

それから半年後、佳代子は僕のマンションに引っ越してきた。彼女は申し分がないほどよくできた女性だった。

朝の風【後編】

なぜああいうことになったのだろう。京子は奥手だった。桜井も奥手だった。なるようになったとしか説明がつかなかった。何度も別れようとした。でも別れられなかった。
桜井英人は二人の関係をとくに隠そうともせずに、まったく普通にしていた。そんな能天気なところに育ちの良さが出ていた。

「ああ、結婚しているよ。なんて言うか、年齢的にそろそろ結婚して、親を安心させてあげようと思ったんだ。僕は毎日、仕事で忙しくてほとんど家にいなかった。そんな生活でも良いと言ってくれてね。お見合い結婚に入るのかな」

(これ以上、聞いたところで何が変わるわけでもないし、もういい)
黙って、頷いた。

桜井は一度、家庭についてこう説明した。京子は桜井の家庭について何も聞かなかったし、桜井も必要以上に話すこともなかった。

桜井の妻という女性が訪ねてきた後、桜井はいつもと変わらず、おっ!と言って笑顔で京子に会いに来た。

「来たんだってね。悪かった。気にしなくていいよ。時々ヒステリーを起こすんだよ。でももともと冷静な人だから、君は気にしなくていいよ。僕が話をつけるから」

心のなかに穴が空いていくようだった。彼は状況をわかっているのだろうか?そんな具合で、同じ調子で、時間が過ぎていった。

「そうね・・・」

と言葉を返して、微笑んだ。

(あなたは私の気持ちを知らないのね?いつまでもこんな風に、あなたに調子よく合わせているなんて思ったら、大間違いよ。あなたのことは好きよ。でも別れなければいけないのよ、私たち・・・)

「あ、ニュースがあるの。私ね、今度の金曜日にお見合いをすることにしたの」

「僕はそんなこと認めないよ」

「あなたの許可なしにお見合いするわよ」

「うまくいきっこないよ。君は僕の恋人なんだ。恋人がいるのにお見合いをするってどういうことだよ?どうかしているよ」

「英人さん、どれほど支離滅裂なことを言っているのかわかっているの?私は一夫多妻になるつもりはないわ。最後は男らしく、カッコよく見送ってね。」

「そんなこと、できるわけないだろう?」

「めめしくても、カッコ悪くてもいいから、見送ってね」

「今日はとりあえず帰るよ」

京子の胸は張り裂けそうだった。英人が帰って後、枕で顔を押えて、声を上げて泣いた。翌日の早朝、鳥のさえずりで目が覚めた。カーテンを開けると、朝日がさんさんと降り注いでいた。

(誰の上にも太陽は昇るって本当ね)京子は前を向いて生きていこうと思った。

金曜日、庭園のあるレストランでお見合いをした。須藤は気さくな紳士だった。レストランでお茶をした後、二人で庭園を歩いた。須藤との会話は心地よく、京子の心に響いた。

「京子さん、僕のこと覚えていますか?4年前、展覧会に絵を出品されたでしょう?あの頃からあなたにお会いしたいと思っていたんですよ。名前と写真を見た時は本当にびっくりしました。こんなことってあるんだなと」

「そうだったのですね。うれしくてなんて言ったらいいのか、言葉が浮かびません。けれど・・・ありがとうございます。覚えていてくださって、感激です」

「これも運命なんでしょうか。初めてお話するのにこういうことを言うのもなんですが、あなたとの間に絆を感じているっていうか、初めて会った気がしないんです」

「初めてではありませんわ。展覧会で私の絵に何かを感じてくださった。その時、私たち出会ったのですね、きっと・・・」

「来週の土曜日、もしよかったらピアノのコンサートに行きませんか?ちょうどチケットが2枚、手に入ったものですから」

「はい。私、ピアノが大好きなんです。うれしいです」

「17:00開演で、16:30開場なので、一緒にお昼をして、それからコンサートに行くっていうのはどうですか?」

「素敵ですね。よろしくお願いします」

「じゃあ11時に迎えに来ます」

穏やかに話を切り出し、リードする須藤の頭の良さと、男らしさに、京子の胸は高鳴った。須藤は最初から、京子を誘うつもりでチケットを購入し、用意してくれたのだろう。そんな須藤の大人の優しさに、桜井からは感じられない大らかな思いやりを感じた。須藤になら、安心してついていけると思った。

翌朝、京子は桜井にメールを書いて、送信した。
英人さん

これまでありがとうございました。
最後は、穏やかに終わらせてください。
あなたと過ごしたこの3年間は、
私の人生のなかでも美しい色彩を放った時間でした。
あなたはとても素敵な方です。
どうぞお身体にお気をつけてくださいね。

もう会うことはありません。

さようなら

京子

窓のすき間からやわらかな朝の風が入り込み、京子の頬をやさしく撫でていった。

朝の風【前編】

美佐子のテンションは異常に上がり、朝からバタバタと掃除をしていた。毎日、小まめに掃除をするタイプではなかった。思い立ったら吉日、そんな風に、一気にまとめて掃除をした。

「あんたも手伝ってよ」

「今は無理よ。こっちを先に片付けないといけないのよ」

美佐子が大事な話があると言うので、京子は2ヶ月ぶりに実家に帰ってきた。今日の美佐子は何だかうれしそうだった。

「ねえ、京子、あなたに良い話があるのよ。どう、素敵じゃない。お医者さんなのよ。これ で京子も将来は安泰よ。あなたが落ち着いてくれたら、お母さんも助かるわ」

「お母さん、私、まだ27よ。結婚する気なんて当分ないわよ」

「何言ってるのよ。まだだなんて。もうでしょう?女はね、若ければ若いほど、市場価値が上がるのよ。決めてしまいなさい。相手の方は須藤芳樹さんという方でね、前に一度だけ結婚していたんですって。でも子供はいないそうよ。お仕事が忙しすぎて、ついつい家庭をおろそかにしてしまったのね。歳は45よ。こんなに良い話はなかなかないわよ」

「わかったわ。考えとく」

「考える前に、一度会ってみたら?あなたのこの前の、えー、なんて言ったかしら、桜井さんだっけ?あの人より、ずっといいじゃない。だって須藤さんは独身なんですからね」

「お母さんって、古傷を抉るようなことが本当に好きね」

「どれだけ心配したか・・・。京子もいつか親になったらわかるわよ」

母は泣いていた。けして仲の良い親子ではなかった。むしろ仲が悪かった。それでも母の涙は、京子の胸に刺さった。

(私だって、何もわざわざ結婚している男の人を好きになったりはしないわ。好きになった人が、たまたま結婚していたのよ)

1年前の騒動を京子は思いだしていた。

「桜井の妻でございます」

アルマーニで身を固めたその人は、そう言った。

「あなたが京子さん?単刀直入にお話させていただきますけれど、桜井とは別れてください。子供もいることですし。ここに少しあります。これで勘弁してくださいね 。もしも別れていただけないようでしたら、こちらにも考えがあります。その時は裁判をしてでも、別れていただきます。費用はすべてあなた持ちという結末になりかねませんよ。あ、そうだわ。慰謝料も請求いたしますから、そのつもりでね」

「これは受け取れません。桜井さんとは別れたいと思っています。何度もそうお願いしているのですが、桜井さんが別れてくださらなくて、私自身困っていました。桜井さんにそうお伝えください」

言いたいことを言った後、桜井の妻と言う女性は帰っていった。

(この人は私の魂に値段をつけるつもりかしら・・・)

母は始終、申し訳ございません。必ず別れさせますから。二度と、会わないようにきつく叱りますから。と、ただ頭を下げて、相手の顔を見ようとはしなかった。

「お母さん、お母さんには辛い思いをさせて悪かったと思っているの。でも私、桜井さんのことが本当に好きで・・・」

「何を言っているの。今日で別れなさい。いいわね。お母さんは絶対にそんな関係は認めませんよ」

ああしろ、こうしろ、あれはしてはいけません。そんなことばかり言われて育った。

京子は一ヶ月後、家を出た。地元から2時間ほど行った街で、新たに人生をやり直そうと、一人暮らしを始めた。
アパートは新築で、綺麗だった。ベランダに買ったばかりのハーブの寄せ植えを置いた。京子の部屋は4階だった。風が心地良かった。

無料で遊べるエロゲーってので暇つぶし

最近、無料で遊べるエロゲーってので暇つぶしをしています。一般のオンラインゲームよりちょいちょいライトなエロシーンが見れていい感じです。

イチオシなのはDMMのエロゲーだと思います。今年(2015年)はツタヤがエロゲーをリリースするようになったんですけど、まだまだ本数が少ないです。なのでDMMがいいです。

“エロ”ゲーっていうくらいなので、エッチなゲームです。エロゲー遊びたい人は、ゲームがいかに楽しめるかよりも、エロの部分に重きを置いている人も多いと思います。そこに期待してる人も多いと思います。

僕ももちろんエロ重視&エロ目的で遊ぶ一人です。「エロシーンがすぐ見れる」という意味では、DMMのエロゲーの中にはゲームで遊び始めるとすぐにゲームの遊び方を事細かに説明してくれます。チュートリアルといいます。

このチュートリアルを進めていくだけで、わずか数分のうちにエッチなシーンを見せてくれるものが多々あります。DMMにはめちゃたくさんあります。

こんなエロシーンが見れますよっていう体験をさせてくれますが、そこでイラストの綺麗さ、可愛さ、エロさが分かります。

そこでは、エッチなアニメーションやCGがエロ動画がみれるので、楽しめます。そこまでやるだけでもわずか数分ですし、画面上に現れる説明文にしたがって進めて行くだけで見れます。

おすすめは、おっぱいが揺れる系のエロゲーとか、御仕置きができる系のエロゲーとかです。

有名な絵師さんが使われている対魔忍アサギとかもかなりエロシーンは充実しているのでおすすめです。

おっぱいはどんな風に揺れるのかとか、エロシーンは動くのかとか、お仕置きや凌辱系ではどんなことができるのかを体験させてくれます。

ただ、DMMのエロゲーの中にはチュートリアルで一度エロシーンが見れた後は、なかなか次のエロシーンが現れないものも結構あります。

ただ、問題は、どのエロゲーがそうなのかは、実際にプレイしてみないとわかりませんから、100本以上あるエロゲーの中からそういうものを探すのは初心者では難しいということです。

詳しく知りたい人におすすめのサイトがあるんです。無料エロゲーで遊んでみたというサイトです。

エロゲーでこれから遊びたい人は、いろいろ分からないことが多いと思いますが、リスクの面なども含めて、かなり詳しく解説されています。おすすめです。

メル友からの出会い

私16歳のごくごく普通の女子高生、美穂。ただ女子校に通ってるっていうだけ。

お母さんの希望で、今までもずっと、女子校生活を続けてきたからか、彼氏は今までに一人もいない。

中学時代と変わらず、女子だけの世界に浸っているのが、なんだかのんびりできて、落ち着けるから好き。

男子に気を使うことなく、女子だけの秘密の会話だってできちゃうし。

前までは、テニス部でバシバシ毎日、放課後に1日5時間は、当たり前のように部活動に、励んでいたんだけど、つい最近やめた。

っていうのは、最近絡む友達が変わってきたからだと思う。

前までは、昼休みの間でも「ロシア人のシャラポワ選手がすごい!」
とか、「あのナイキのユニフォームかっこいい!!」
とか、スポーツの話題ばかりをする友達と、集まっていたんだけど、ある日を境に私のテニス生活は、終止符をうつことになった。

それは一ヶ月前のこと。

昼休みにいつもどおり、テニス仲間と話をしていると、隣のクラスから遊び人で有名な理沙がきた。

教室に入ってきて、どこに向うのかと思いきや、私の方に向ってくる。

テニス仲間は何事かと、私と理沙を交互に見ている。

いや、私自身なんで理沙が、私の目の前にたっているのか分からない。

今まで正直、なんの接点もなかったから。

理沙は口を開いた。

「あのさっ、美穂さ、今彼氏いんの?」

「いないけど・・・それがどうしたの?」

「あ、そっか、美穂はテニスで忙しいから彼氏いないか。
っで、そこで提案があるんやけど、私の彼氏の友達に会ってみいひん?
私の彼氏は男子校で、バレーボールで有名な学校なんやけど、彼氏の友達が誰か紹介してほしいって、言うてるねんやん。
それで誰か可愛いコいないかなぁって考えててん。そしてらちょど美穂を思いだしたってわけ。」

「あ~そうなんだ。
でも私、男子に興味ないし・・・。
テニスでそんな暇ないし・・・。」

「そんなこと言ってるから、いつまでも彼氏できひんねん!華の高校生活を無駄にする気?
もし、この話にのってくれたら、美穂の大好きな祇園辻利の抹茶パフェおごるからさ、お願い!」
ってことで、最後の「祇園辻利の抹茶パフェ」に惹かれて、承諾した。

でも紹介って、いったいなに?っていうか、どうやって知り合うわけ?そう思ってると、数時間後に理沙からメールがあった。

「このメールアドレスが彼氏の友達のんやから、ここにメール送ってあげて。
名前とか、簡単な自己紹介書いて送るんやで!」

って書いてあった。
———————–
簡単な自己紹介っていっても、会ったこと無い人に、そんなプライベートなこと、教えたくないなぁと思いつつも、

抹茶パフェがかかっているので、仕方無しにメールを作成した。

「まっ、こんな感じでいいのかな。」

「はじめまして美穂です。理沙から紹介(?)されました。テニス部に入っています。よろしくお願いします。」
若干、丁寧すぎるのかなとも思ったけど、どうしていいかわからないから、そのまま送信した。

すると、すぐに返信があった。

「俺、大介。理沙の彼氏の友達。そいつとは部活仲間。聞いてると思うけど、俺、バレー部。
あ、バレーって言っても、あのピョコピョコ踊るほうちゃうで!ボール使うほうな!笑
テニスやってるんや?テニスかっこいいやん!
でも筋肉マッチョより女の子らしいほうが好きやけど。まぁ、こちらこそ、よろしく。」
なんだか、この大介って人、女慣れしてそうだなぁと感じるメールの書き方だった。

返信どうしようかと考えていると、大介からメールがまた来た。

「なぁなぁ!写メ交換しようや!お互いの写真を交換するねん。ちなみに俺はもう送信したから、美穂も送ってな。」

と写真のファイルが添付されていた。自分から自分の写真を送ってくるとは、かなり自信あるんだなぁと思いつつ、

ファイルを開けてみた。(・・・・・・・。ううっ、かっこいい。)

確かにその写真にうつっている大介はかっこいい。

これなら何も考えずに、誰にでも見せられる顔だなぁと思った。

私は容姿はきれいなほうだった。でも何が嫌って・・・自分の写真を撮るのが大嫌いだった。

自分の写真撮るなんて、モデル気分じゃないの?!って、なんだか恥ずかしくなるから好きじゃない。

でも、大介はもう送ってきたから、私は言い逃れできるわけもなく、仕方無しに理沙に写真を撮ってもらって送ることになった。

自分の写真を送ってから、しばらく時間がたった。

あまりにもその時間が長く感じられて、もしかして私の写真、何かまずかったかな?あ、もしかすると、男子校だからクラスメイトに見せびらかせて、

ギャアギャア言ってるんじゃないの?と勝手に色々な想像をめぐらせてた。

そうすると、メールの着信音がなった。

「かわいい~~~!!!テニスしてんのに、キレイな肌してんね!!!ね!今度遊ぼうよ!いつ空いてる?」

「かわいい~~~!!!」

って・・・何???そんなこと男子に言われたの初めてなんだけど、

っていうか、男子と出会う機会なんて今までなかったし。

あまりにもなんだか恥ずかしくて、

「テニスやってて、時間ない。ごめん。」

とだけ返信した。

それから大介からは返信がなかった。そりゃ、そうだよね。

まぁ、いいや、テニスで忙しいのは本当なんだし。

次の日、理沙がまた私の教室にきた。

あいかわらず、私のクラスメイトは理沙を見てる。

まぁ、確かに理沙はメイクしてて、派手だし、目立つからね。

私のクラスはアドバンストクラスっていう学年高成績をもった生徒たちの集まりで、化粧気なんて全くなかった。

「美穂~~~!なんで、時間ないとか言ったの?!もしかして美穂が大介の写真が気に入らなくて、断られたのかとかなり落ち込んでるらしいよ?
かわいそうじゃん!!!っで、実際のとこ大介どうだった?かっこいい?タイプ?」

そう理沙に聞かれて、大介の写真を見せた。

「キャ~~~!!!超かっこいいじゃん!!!なんで断ったの??!!!もったいない!!!!
大介、昨日電話してきて、美穂のこと可愛い、会ってみたいって話してたのに。」
なんで?っていう問いに正直に

「恥ずかしかったから。というか、照れたの!!!」
って理沙に言うと、

「ぷっ・・・・あんた美穂って、おもしろい!!!ってか、恥ずかしかったから。
って可愛すぎるやん!!!じゃあ、私から大介に伝えといてあげるから、
あとはちゃんと大介と話してみな。大介、良い人やから。」

その夜、大介から電話があった。

「美穂ちゃん、心配したやん。
俺のこと、嫌いになったかと思ったわ。
時間ないとか言われたん初めてやったから、びっくりしたし!じゃあさ、早速やけど、今週末会おうや!」

ってことで、かなり私の中では早い展開で、大介と会うことになった。

でも私には問題があった。今までスポーツ一本で頑張ってきた私にお洒落のかけらもなかったからだ。

ここは理沙に頼むしかない!早速、理沙に電話した。

「理沙!さっき大介から電話あってね、今週末に会うことになったの。
それで、化粧とかどうしたらいいのかわかんないから教えて!!!あと服もどんなの着ればいいわけ?」

「まぁまぁ、美穂、落ち着きなって。とりあえず明日、私とショッピングに行こう!
それで美穂に似合う服選んであげるから。」

ということで早速、翌日からお洒落になるための特訓(?)が始まった。

理沙に連れていかれるがままにショッピングセンターに向う。

今まで見たこともない、ヒールのあるキレイな靴、可愛いワンピース、おしゃれな鞄が勢ぞろい。

商品があまりにも多すぎて、ちゃんと決めれるのか心配していると理沙が私の前に数着キレイ目な服を持ってきて、

「ハイ!これ試着してきな!着たら、一回ずつちゃんと私に見せて。」

といわれるがままに、試着室へ。こんな小さいサイズ、私なんかが着れるのかな・・・

しかもこんな高いヒール、歩いてこけたりしないの?全てが私にとって新しく戸惑っていると理沙が

「早く!次も違うとこ行かなきゃいけないんだから、さっさと着る!」

と罵声が飛び、着換えて理沙に見せると、

「あ!!!やっぱり美穂は可愛い系より、キレイ系が似合うな!いいやん!このワンピース似合ってる!」

と言われ、嬉しくなり、そのままお買い上げ。

可愛い系、キレイ系とか、さっぱりよくわからなかったけど、気にせず次のところにいくことにした。

今日はたくさん買い物したなぁと考えていると、理沙が

「今から美穂の家行っていい?メイク教えてあげる!」

ということで、理沙を連れて家に帰ることにした。

お母さんたちは理沙を見て、ビックリした顔をしていた。

そして私に小声で

「いつの間に、そんな可愛い友達できたの?!」

と言われ、私が驚いた。
————————–

メイクしている友達を連れていくと若干、引かれるかと思ったけど、逆効果だったみたい。

どうやって、ファンデーションをつけるとか、どんな目の形にしたいとか、

そのためには、どうやってアイラインを引くとか、丁寧に説明してくれた。

「あとは髪どうにかしな!」

って言われ、次の日には美容院に行き、初めて髪を染めることにした。

淡い栗色の髪色にした。結局、大介に会う前日まで、理沙は私に付きっ切りで面倒をみてくれた。

大介と会う当日。慣れないヒールにキレイな薄水色のワンピース。

今までなかった外国人かのようなブラウンの髪。

ビルの窓に写る自分の全く違う姿を見て、(これ、完全、別人だよね。メイクって、詐欺だよ!詐欺!)と心の中で叫んでいた。

そうしているうちに、ひとりの男子が「あの~美穂ちゃん?俺、大介!」
と声をかけてきた。

あまりにも急すぎて、声がうわずりそうになった。

「あっ、ああっ!大介くん!!!
今ね、ビルの窓を見ていたのはね、なんの会社かなぁって気になって、中をのぞいてたの!!」

「あははっ!!美穂ちゃん、かわいい。」

初めて生の声で可愛いって聞けて、顔が真っ赤に火照るのを感じた。

それから二人でカフェに行って、カラオケに行った。

大介は本当に歌を歌うのがうまかった。

私はよく音はずすし、全然だめ。どちらかというと、誰かが歌って、その隣でタンバリンをたたいている方が性に合ってる気がする。

大介は思っていたより、気を遣える人で、しかもかなり優しい。

写真のとおり、かなりの男前。

でもそこでふと、疑問に思ったことがあった。

(なんでこの人に彼女がいないんだろう・・・?)

普通なら、こんなにルックスの良くて、気遣いのできる人なら、彼女がいたっておかしくないのに、

なんでわざわざ友達に頼んでまで、出会いを探しているんだろう。そう思っていると大介が話しかけてきた。

「今、何か考えてるでしょ?美穂ちゃんが何考えてるかあててみようか?どうして俺が彼女いないか?じゃない?」
本当にびっくりした。

この鋭い感覚はなんなんだろう。私が焦っていると、

「それは、俺が男子校に通ってるから。
美穂ちゃんと同じ理由やと思うで?」

って言って笑ってた。

外見がかなり良いのに気取ることなく、に普通に会話ができることになんだか親近感がわいた。

その日から、私たちは毎日のように連絡を取り合うようになって、毎週末会うようになった。

それと同時にお洒落、ファッションを気にするようになって、どちらかというとテニスはどうでもよくなって、そのまま部活をやめることにした。

「筋肉マッチョより、女の子らしいほうが好き。」

という大介の言葉も気にしてたから。

映画に行ったり、公園に行ったり、お弁当を作って大介のバレーボールの応援に行ったりした。

ある日のバレーボール大会の試合の日に大介のチームが優勝した。

もとから大介の高校は春高バレーでも名が知れている学校だったから予測はできていたものの、

実際に優勝すると私までテンションがあがってしまうものだと思った。

大介が急に司会者の所へ行き、マイクを借りてなにかをしようとしている。
「あ。あ。
マイクテストマイクテスト
え~と、とりあえず、俺らのチームが優勝したことを喜ばしく思う。
俺と今まで頑張ってきたチームメンバーは俺の大事な仲間や。お前らを誇りに思ってる。
あと俺にもう一人大事な人がいる。美穂。今日、俺の試合に見に来てくれてる女の子。ここで気持ちを伝えたいと思う。
美穂、俺は美穂のことが大好きです!俺と付き合ってくれませんか?」

大介のチームメイトは、元からこの計画を知っていたのか、あまり驚いている様子はなかったけど、私は完全に腰抜け状態。

人前で何を言ってるんだろ、大介は・・・と恥ずかしいという気持ちと、本当に嬉しいという気持ちの、両方がこみあげてきた。

もちろん私の返事は

「はい。」

だった。

こうして今まで16年間の彼氏いない歴に終止符をうつことができた。大介と私はそれから8年間交際を続けた。

当時、大介に会ったときには、一時の男友達で終わるんだろうと思っていたのが、

ここまで長い間人生を共にする、パートナーになるとは想像もつかなかった。

でも大介は

「美穂を初めて見たときから、俺は美穂と結婚すると思ってた。」

なんてカッコイイことを言うけれど、実際に私たちは晴れて、夫婦になることができた。

もちろん付き合ってる中で、口喧嘩をすることはたまにあったけども、私たち二人とも絶対にしなかったことがある。

何があっても「別れる。」と口にださないことだった。

高校時代の友達のカップルの話を聞いているとよく、毎日のように

「今日ね、彼氏と喧嘩して、もう頭きちゃって、別れるって言ってやったの!そしたら本当に別れちゃった!」

といって大泣きしている女の子をよく見かけたことがあった。でもなぜか私には、そういったことがなかった。

喧嘩したときは、確かに険悪なムードになったりはするけど、決して私たちは逃げなかった。

言い争っても素直にお互いの意見をぶつけ合うことにした。だから、相手にいつでも正直になることができた。

その結果、私たちは一度も別れることなく、二人で道を築けたんだと思う。

恋愛をするにあたって、うまくいく方法というか、定理みたいなものがあるんだと思う。

「妬かない。」
「自己中心にならない。」
「相手に気を遣うこと。」
「素直であること。」

この4点だと思う。

大介に出会うまでは、恋愛の「れ」
の文字も、意味を知らなかった私が、大介に出会い、知っていくことで、色々な意味で成長できた。

恋愛とは、まさに人生に欠かせない、要素の一つなんだと悟った私だった。

人間性、感性の合わない相方

僕には今、付き合って10年以上になる女性がいる。しかも妊娠中。ただ、まだ入籍は入れていない。

というか、入れていなくてよかったと思える出来事が今まさに起きている。

本当に心通じ合っている相手だと思っていたが、ここへきてそうでなかったということが露呈している為だ。

昔からまぁ気性は荒い方で、ケンカすれば徹底抗戦だし、怒って裸足で部屋は飛び出していったり、自分の髪の毛を引っ張ったり、むしったり、自分の太ももを叩いてアザを作ったり、部屋の家具を傷つけたり、走っている車のドアを開けて降りようとしたり…。言い合いがエスカレートしてあるところまで到達すると、自分勝手な行動に出る。

ただ、今となっては、そんなこともあったねと昔話にできるレベルでずいぶん落ち着いたと思っていたが、先日、そうではないと感じることが起きた。

「つわりのせいで全く家のことはできない、自分が食べる梨すら会社休んだ日であっても剥けない」と言い、僕が残業続きだったこともあり、「いくらなんでもそりゃないだろと、梨を剥くたった数分の時間もとれないのか?それくらいちょっと我慢してやってくれよ」と文句を言ったら、最後の最後にはキレて、髪の毛はむしるわ、妊娠初期にも関わらず、じだんだ踏んで下半身を揺らすわ(それがどの程度悪影響なのかは知らない)

結局そういう行動に出られたら、こちらが引くしかない。そうして幕引きをして、翌日になったら何事もなかったかのように接してくる。自分はそれでいいのかもしれないが、こちらは釈然としない。そんなことの繰り返し。

「なぜそうなのか?」「どうしてそんな態度に出れるのか?」さっぱりわからない。普通2人で生きていくなら折り合いを付けてバランスとって生きていくしかない。なのに、僕たちの関係はそうではない。そういう関係性が出来上がっている。表向き僕が強そうに見えて、核心に迫る部分では我を絶対に通される。

昔、相方に恋愛の考え方を聞いたことがあった。その時喧嘩しても積極的に仲直りをしようとはしないと言ってた。自然と元に戻っていると。その時も「それはおかしいだろ」と僕は思ってたけど。結局自分の非を認めたくない人。

そのつわり事件が発生したのがもう3週間くらい前。それから一緒のベッドでは寝なくなった。今も自分はリビングのソファーで寝ている。その状態がずっと続いても、何もむこうからはアクションを起こしてこない。

そのつわり事件が起きた翌日、LINEで「もうついていけない。別れたい」とあえて書いた。ほぼほぼ本心だけど、どこか向こうから歩み寄りを期待してそう書いた。都合が悪いことは見ない、聞かないスタンスなので、そのLINEメッセージは数日経っても既読にはならず。しびれを切らして「一体いつまで無視するつもり?」と口頭で言った。すると「週末に見るわ」と言われたが、結局それからも無視されたまま。

その後、見ざるを得ない状況が起きて、僕が別れたいと思っていることを認識した彼女は開口一番、「あの絵はどうするの?捨てるの?」と。あの絵とは既に終えている結婚式の時に絵描きさんに書いてもらった二人の絵のこと。で、次に言ったのが「養育費くれるの?」と。

結局、自分が何かを変える気は一切ないということ。となれば、こちらが付いていくしかない、それに合わせていくしかない。この先何十年もそんなことをしていくことは無理。

考えてみれば、相方のお母さんがまさに同じ性格。新婚旅行の際にある事件が起きた。明らかにその母親のわがまま、暴挙で、なぜ結婚式の日にそんなことをしてぶち壊すの?という出来事だった。相方は激怒して未だに仲直りしていないが、それでもその母親は未だにまともな謝罪をしていない。それでいて相方には普通に接してくる。まさに同じ。

親父さんが優しい人で、というか優しすぎる人で、自己主張しないで我慢する人なので成り立っている。今回の件で分かった。悟った。そういう人なんだと。自分のスタイルを貫きたい人で、相手に合わせたい人ではない。

普通喧嘩して自分が悪いと思えば、自分から歩み寄ってきたり、「もういい加減こんな状態やめようよ」と言ってきたりするものではないんだろうか?そんな行動は起きたことがないし、当然「今回は私が悪かった。ごめんなさい」と言われたことが未だに一度たりともない。これって俺がおかしいの?

そんな考え方の持ち主で、一体どんな子育てをするつもりなんだろうか?

ハートの鍵

6年付き合った彼と別れて約1年。新しい出会いもないまま今日に至る。
だが幸い仕事が嫌いではないのが救いだ。会社に来れば気の合う仲間もいる。
まるで学校に通っているみたいに楽しい。会社にいる時は・・・。
私は一人暮らしをしている。だから家に帰ればいろんな事を考えてしまう。
もうあれから1年が経つが、いまだに元彼を忘れられない自分がいる。(あーあ。早く明日にならないかなー)
そう思いながら夜を過ごしていた。
しばらくして急にパートナーだった先輩が会社を辞める事になった。新しく出来た事業所に引き抜かれたのだ。
おめでたい事ではあるのだけど、歳も一番近かったし話も合ったから少し寂しいと感じた。
後任には先輩が自分で面接して選んだという人が来た。名前は早川。
採用理由は「受け答えがハキハキしてて一番まともだったから」
だそうだが、私はあまり良い印象を持てなかった。ホストみたいな顔立ちで、なんだか細いフレームのメガネをかけている。
(この人、遊んでるんだろうな~)そしてなんかヘラヘラしている。
周りから見たら笑顔で好印象なのだろうが、なんか気に入らない。仕事も丁寧にやっているのだろうが、遅い・・・
そして使っている香水も何もかもが好きになれなかった。狭い部屋なので、新人が帰った後はみんなでその話題になる。
「なんか香水キツくない?」「でもカンジ良さそうな人だよね」「実家は豪邸らしいよ」(・・・実家が豪邸?どこから仕入れたんだ、その情報)
私はこれからこの気に入らないヤツとパートナーになるのか・・・憂鬱だ・・・
先輩が去り、1ヶ月が過ぎた。今まで以上にヤツの奇行が気になりだした。
何故か仕事が終わっても帰らない。いや、彼の場合終わってないのか??
時々、顔を上げてはみんなの話を楽しそうに聞いている。(やることないなら早く帰れよ!帰ってくれよ!!)
私はその場の会話に参加することはなく「お疲れ様でした~」とロッカールームへ向かう。
もちろん上司にも何度も相談した。遅くまで部屋に残っていること。
香水がキツすぎること。仕事が回ってくるのが遅いこと。
でも、いつも「注意しておくよ~」とごまかされる。
どうやら私以外の人とは気が合うみたいだ。(は~あ、早くいなくならないかな・・・)
周りの人たちにも「絶対にイヤ!」というほど、私は彼のことを嫌っていた。
前にも言ったように、私達の部署はみんな仲が良い。
付き合いも長いので、誰かが忙しくしている時は何も言わなくても何を手伝えば良いかが分かる。
それくらいお互いの信頼もあった。だけどある日を境に仲間がいなくなった。
「もっと条件の良い職場を見つけたので退職します」
そう言われては会社としてもダメとは言えない。
もちろん説得はしたが、彼の将来を考えると待遇の良い会社の方が当然いいに決まっている。
その出来事をきっかけに次々と同僚が辞めていった。
最後に残った一人は業務の多さに手が回らず、もうウンザリ。という形で辞めていった。
「寂しくなりましたねぇ・・・」と早川が言う。
「そうだね」私はそっけない返事を返す。
相変わらずコイツとはあまり話したくない。
しかし一番嫌いな早川が一番長い付き合いとなってしまった。
それからというもの、早川はよく私に話しかけてくるようになった。
話せる相手が他にいないからだろうけど。仕事の終わりも合わせてくるようになった。
「あ、帰ります?じゃあ僕も♪」ロッカーまでの距離を無言で歩く。
人に見られたら冷やかされるし、正直あまり一緒に歩きたくない。
なにより、(何でコイツ、私になついてんだ?)と思った。
楽しく会話をしたこともなければ、無言で書類を受け取るなんてこともしょっちゅうある。
それなのになんで? 変なヤツ。
不思議なもので、そんな日が続くと帰り道に偶然会ったりするようになる。
どうやら方向が一緒らしい。ちょっと考えると怖い。
ストーカー??なんて思ってみたり。しぶしぶ一緒に歩くけど、アンタ自転車押してんじゃん。
それに乗ってさっさと帰ればいいじゃん。どんな話をしたかも覚えてない。
それくらいどうでもいい時間だった。その日はめずらしくアイツが先に帰ろうとした。
帰り際に「コレ」と銀色に光るものを置いていった。
「ちょっとちょっと、何コレ、いらないよ!」「いいから いいから」
そう言うと、そそくさと部屋を出て行った。(なんだろ、コレ)
よく見ると、それは銀で出来た鍵の形のペンダントヘッドだった。
上には小さいガーネットが入ったハートの飾りが付いている。(カワイイけど・・・)
いきなりこんな高価な、そして意味不明な置き土産をされても・・・
置いて帰る訳にもいかず、とりあえずなくさないようにハンカチに包んで持って帰った。
次の日、「コレ、困るよ、こんなの貰っても」
「気にしないで。そんなにいいモノじゃないし」「いや、意味わからないし」無言で微笑む早川。
返したくても受け取ってくれない。(どうすればいいんだろ、コレ・・・)
いつか返してやろうと思って、いつも持っている携帯のストラップに付けておいた。
季節はもう春になるのに寒い日が続いていた。「なんかよく会うね」
帰り道で会った時、私が言った。なんかもう偶然が重なりすぎて、私から話しかけることに違和感がなくなっていた。
一緒にこの道を歩くのも何度目だろう。「・・・あのさ、偶然じゃないんだ」「え?」
「帰りが一緒になるように合わせてた」「・・・」
私はわざと照れ隠しにふざけてみせた。「何言ってんの?冗談でしょー」「あなたは全然オレの気持ちが分かってない!!」・・・分かっていた。
でも、気付いていないフリをしていた。なぜなら、早川は前に付き合っていた彼と似ているところがあったから。
元彼とは彼の浮気という悲しい終わり方をしている。
また同じ思いをするのではないかと怖くて仕方なかった。
今思えば、最初に嫌いだと感じたのも、元彼とダブって見えたからかもしれない。
私は正直にその事を伝えてみた。「オレはそいつじゃないよ」
別れてから1年が経つとはいえ、6年も付き合っていた相手だ。心の傷は結構深い。涙が溢れてきた。
どうしたらいいかわからない。忘れたい。
でもまた同じ思いはしたくない。怖い・・・
早川は黙って後ろから私を抱いてくれた。余計に涙が止まらなくなった。
「オレは浮気はしないよ」「最初から・・・オレは浮気するなんていう男・・・いないよ・・・」
どれくらい泣いてただろう。私の涙が止まるのを待って、駅まで送ってくれた。
「付き合おう」という言葉はなかったけど、「好きだ」という言葉もなかったけど、
もう言わなくても分かっていた。抱いてくれた背中がすごく温かかった。
一人の帰りの電車の中で、もっと一緒にいたいと思った。たとえまた悲しい結末を迎えたとしても。
「ホントの事を言うと私ね、最初あなたのことが大っ嫌いだったの」「でも今は大好きでしょ?」
「さぁ、どうかなぁ。あとね、その香水、クサイ」
今日もいつもの道を二人で歩いて帰る。相変わらず夜は寒いけど、もう一人じゃない。
「早くあったかくなるといいね」
「あったかくなったら動物園でも行こうか」
あの時のハートの鍵は、今も私の胸で光っている。

とあるちっぽけな喫茶店

あるちっぽけな喫茶店。
内装は平凡だし、これといって普通の喫茶店と変わらないのだが、普段はすぐに満席になり、なかなか入ることができない。
自慢ではないが私はこの喫茶店のオーナーである。
噂ではこの喫茶店を訪れた人は、すぐに運命の人と出会えるという。
今回はそのうちの一人である少女についての話である。
それは寒い冬の日だった。
外はものすごい大雪に見舞われ、いつもは賑わう喫茶店もこの日ばかりはガラガラだった。
カランカラン…こんな天気にも関わらず一人の少女が店の中へと入ってきた。
少女は一見普通の女子高生で、飲み慣れていないのか、苦手そうにコーヒーを飲んでいた。
コーヒーを飲み終えた後、彼女はゆっくりと立ち上がり喫茶店を出て行った。
次の日も雪が激しく、ガラガラの店内。
カランカラン…まさかと思い玄関に目をやると、やはり昨日来てくれていた女子高生だった。
昨日と同じ窓際の席、同じコーヒーをまた苦手そうに飲み干す。
そしてまたゆっくりと立ち上がったが、この日は彼女が話しかけてきた。
「あの、最近は雪がひどくて、お客さんが少ないですね」「うん、この天気じゃどうしようもないよね、店を空けててもほとんど意味がないくらいだよ」「ここって、恋人ができる喫茶店で有名ですよね?」「まぁそうだね、僕としてはなにがなにやらって感じだけど、なんだか噂になってるみたいでさ。」「もう一杯コーヒーお願いします、砂糖とミルク多めで」彼女は私の目の前のカウンター席に腰を掛け、もう一杯のコーヒーを頼んだ。
コーヒーを飲む彼女は、やはり苦手そうに見えた。
「お嬢ちゃん、コーヒー苦手なの?」「やっぱりわかります?でもコーヒーが一番効果的って噂なんですよ」と、苦笑いをする彼女。
「そうなんだ、どうしてそんなに彼氏がほしいの?」「えっと、もうすぐクリスマスなので、一人じゃ寂しいなって思って」話を聞いていくと、彼女は他県から推薦で高校に入学したらしく、親元を離れ一人で生活をしていることがわかった。
「一人暮らしかぁ、料理とかの家事は自分でやってるの?」「はい、一応やってますよ」「それは大変だね、だから早く彼氏がほしいってことか」「はい、今年こそ彼氏がほしいってことでここに来たんです」「きっとできるよ、約束はできないけどここはそういう店らしいから」彼女はニッコリと笑って頷き、この日は帰って行った。
次の日も、その次の日も、彼女は毎日店に来た。
人が多くて入れなくても、ずっと店の前で席が空くまで待っていた。
ある日、いつもの時間になっても現れなかったので少し心配だったが、閉店間際の時間にやってきたので一安心していた。
「今日はいつもより遅かったから少し心配しちゃったよ」「はい、学校でいろいろとあったので」店じまいの時間になったが、私は彼女だけを店に残して店を閉めた。
「あのさ、今日はもう少し話をしたいなと思うんだけど」「私も、もっと話がしたいです」この時はまだ実感こそしていなかったが、私は彼女が好きになっていたのだと思う。
この日を境に、閉店した後に2人で話すというのが習慣になっていた。
クリスマスの日になり、外には幸せそうなカップルが手を取り合い歩いている。
ふと外を眺めていると、彼女が同い年くらいの男の子と一緒に歩いていた。
とっても幸せそうな笑顔だった。
嬉しいような、悲しいような、なんだか複雑な気分だった。
なんだか嫉妬のような感情も芽生えていたが、私には黙って見守るしかなかった。
次の日彼女は今まで見たこともないような笑顔で来店した。
「あの、ほんとに彼氏できました!」「ほんとに?よかったね!」なんだか素直に喜べない自分を必死に隠し笑って見せた。
私は彼女よりも一回りほども年上で、なおかつ私と彼女はオーナーとお客さんという関係でしかない。
嫉妬なんかできる立場じゃないのは重々把握していたので、笑うしかなかったのだ。
「この喫茶店のおかげです、今までずっと彼氏なんてできっこないって思ってたのに、ここに来てからすぐに告白されちゃって」
「そっか、やっぱりこの店本当になにかあるのかもね」などと彼女の楽しそうな恋愛話を聞いたりした。
彼氏ができてというもの、彼女が毎日来ることはなくなってしまった。
週に1回か2回ほどここに来て、いろいろと相談して帰るくらいだ。
ところがいつも満面の笑みを浮かべてやってくるはずの彼女が、今にも泣きだしそうな悲しい顔をしてやってきた。
「どうしたの?そんな悲しい顔して」あたりさわりのないようにそっと話しかけた。
「彼氏にふられちゃいました、運命じゃなかったみたいです」「それは残念だったね」私はそっとコーヒーを出した。
「これは私のおごり、また次があるよ、まだ若いんだから」
彼女は堪えきれなくなったのか、ボロボロと涙をこぼしていた。
「ありがとうございます、頑張ります」「うん、元気だしてね。君は笑ってる時が一番素敵だからね」
また毎日彼女がやってくるようになり、ずいぶんと時間は経った。
彼女は高校を卒業し、今はどこかの会社のOLを。
私は相も変わらずこの喫茶店のオーナーをやっていた。
苦手だったコーヒーも、なんなく飲める大人の女性となり、あの頃とは別の魅力を放っていた。
私は日に日に彼女に魅入られていった。
そしてある冬の頃。
いつものようにやってきた彼女と、いつものように話していた。
店じまいをし、2人きりになってから、彼女はこう切り出した。
「いつからか、貴方を本当に好きになってしまいました。付き合っ…」付き合ってくださいと言いたかったのだろうが、私は彼女の口をそっと手で覆い、言葉を止めた。
「そういうのは、男から言うもんだって思ってるから。僕はずっと貴方が好きだった。
好きで好きでたまらなかったけど、ずっと言えなくて。こんな僕でもよかったら、これから一緒に付き合っていってほしい」「うん、ずっと大切にしてね」彼女は頬を赤らめながらそう返事をした。
でもきっと私のほうが赤かったんだろうなって、思い返すとかなり恥ずかしい。
それからというもの、お互い仕事が終わってからデートするようになった。
お互い次の日も仕事っていう日が多いので、旅行に行ったり、遅くまで一緒にいることはできなかったけど、それなりに充実した毎日を送っていた。
その年のクリスマスの日、普段のようにデートしている時だった。
イルミネーションで綺麗に飾られ賑わう街並み。大きなクリスマスツリーが飾られた公園のベンチで私たちが寄り添っていると、「最初に飲んだコーヒーで、私は運命の人に出会えてたんだね。気づかなかったよ」
と、ふいに彼女が照れ臭そうに言いながら、チラチラと私を見つめた。
私は彼女の顎をそっと持ち上げ、優しくキスをした。
「このファーストキスが、運命の相手だったらいいな」「初めてだったの?そっか、きっと運命だよ。いや、運命にしてみせる」
歳は一回りも離れているけど、そんな歳の差すら感じさせないほどに、今でも私たちは対等でいい関係を持てている。
運命の出会いがあるとご利益のある喫茶店。
本当にこの喫茶店のおかげかどうかはさておき、私たちは巡り合うことができた。
私たちはこうして幸せを掴み取ることができた。
人生いつどこで何が起こるかなんてわからない。
何が運命で何が運命じゃないのかもわからない。

きみの名を

「呼んでこい」と言われ、渋々ホウキを壁に掛けた。
本当はかなり嫌だ。
しかし私のクラスの担任は、こちらが文句を言うと、更に頑固になってそれをさせようとする。
そうなったら、結局言われた通りにするしかないのだった。
こういうのは普通、仲が良い男子に行かせるものではないのか。
ため息が漏れた。
話し掛けるのはかなり久しぶりなのよね、さっちゃん……。
廊下に出て、辺りを見回す。
廊下はまだ帰らずに談笑していたり、掃除当番の友人を待ったりしている生徒でいっぱいだ。
喧騒の中を探していると、中には私の友達もいた。
今週中は私の班が掃除当番だから、待ってもらっていた。
彼女ら二人は、私を見て不思議そうな顔をした。
「あれ、夏実もう終わったの?」「早くない?」そうだったら、どんなにいいことか。
彼女たちの前へ行き、首を振った。
「まだ掃除中よ。
担任に佐野のこと呼んでこいって言われたの。
見なかった?」さっちゃん、と呼びそうになるのを、なんとか抑えた。
昔からの癖だ。
佐野皐月だから、さっちゃん。
女の子のようなそのあだ名を、本人に対して使ったことは、ほとんどない。
「んー……あっちのほうにいた気がする。ね?」「うん。サッカー部の連中で騒いでたよ」トモと亜紀は顔を見合わせて頷いた。
トモが指差した方向を見やる。
三つ程先のクラスの前だった。
注視すると、確かにさっちゃんの姿があった。
同じ部活の部員で集まって、何やら爆笑している。
笑い声が廊下に響いた。
ああいうところ程、呼びに行きにくい。
私だって掃除当番なんてやりたくないのに、真面目ぶっているみたいで嫌だった。
「ありがと」二人に、もうちょっと待ってて、と言い残し、仕方なくさっちゃんのいる集団へ向かう。
さっちゃんとは、幼稚園からずっと同じ学校に通っている、言わば幼馴染だった。
中学まではそんな人ばかりだったが、高校にもなると、こうも長く同じなのは、彼くらいだった。
誰が呼び始めたのか、幼稚園では既に、彼はさっちゃんだった。
みんながそう呼んでいるから、私も当然のようにそう呼んでいた。
ただ、本人をそう呼んだことはあまりない。
成長するにつれて、どんどんそんな機会はなくなっていった。
しかし、少なくとも誰かと彼のことを話す時は、そう呼んだ。
確か、中学二年の頃……一時期、彼はそう呼ばれることを拒んだ。
年頃の男の子なら当たり前だろう。さっちゃんなんて、女の子かと思われてもおかしくない。
彼は男子の癖に、可愛い顔をしているから、尚のことだ。
それでも、いつの間にか彼はそう呼ばれるのを嫌がらなくなり、さっちゃん、が彼の呼び名として再び自然になった。
しかし、高校では流石にそう呼ばれることはない。
彼が自らそう名乗らなければ、高校にもなってそんなあだ名は付けられないだろう。
幼稚園児だからこその、無邪気な呼び名だったのだから。
だから、依然トモと亜紀に彼のことを幼馴染だと話した時、うっかりさっちゃんと呼んでしまい、二人に奇妙な顔をされた。
彼女たちは、さっちゃんを知らない。
佐野しか、知らなかった。
私も佐野と呼ぶように気を付けている。
さっちゃんなんて読んだら、変に親しいようで、彼が嫌がると思った。私も恥ずかしいし。
それは、直接彼をそう呼んだことはあまりないから、簡単だと考えていたが、意外と難しい。
染み込んだ名前は、容易には抜けなかった。つい、さっちゃんと呼んでしまいそうになる。
本当は、そう呼びたい気持ちもある。
幼馴染なの、と周囲に牽制したいという、いやらしい理由からだ。
だって、まだ一年の夏を越えたばかりなのに、彼は何人にも告白されている。
全て断った、という噂だが。中学までは、そうでもなかった。
みんな見慣れていたのかもしれない。外に出れば、あっという間に人気者だ。
亜紀曰く、カッコ可愛いそうだ。その言葉は的確に思える。
そんなことを考えているうちに、サッカー部の笑い声がもう目の前にあった。
さっちゃんは集団の真ん中で笑っている。彼は笑うとえくぼが浮かぶ。
先程までの考えを振り払い、間違えないよう、佐野、と何度も口の中で繰り返す。
彼はさっちゃんではなく、佐野だ。
しかも、笑い声に埋もれないように、大声を出さねばならなかった。
「佐野! 先生が呼んでる!」自分で思っていたよりも大きな声が出た。
サッカー部員の視線が、一気に集まる。
その中の数人は同じクラスだった。
ああもう、なんで私がこんなことやらなきゃいけないのよ……。
私だって掃除なんて嫌だし、これで周りに真面目と思われるのも嫌だ。
うんざりして、それだけ伝えて踵を返した。
彼にも聞こえていたようだから、無理に連れて行かなくても、そのうち教室に来るだろう。
そこからは教師の仕事だ。苛立っているせいで、自然と大股になっていた。雑踏を早足で抜けて行く。
「おい、なっちゃん!」「な……!?」信じられない呼び方をされ、つい勢いよく振り返ってしまった。
さっちゃんが駆け寄ってきて、隣に並んだ。
そして何事もなかったかのように、歩き始める。
私は呆然として、立ち止まったまま、彼の背中を凝視した。
「なっちゃん?」少し先へ行ってから、彼は足を止めこちらを向いた。
……また、なっちゃん、って。
何を言ったらいいのか、わからない。間違ってはいない。私はなっちゃんだ。
高校生になるまでは、ずっとそう呼ばれていた。
彼と同様、幼稚園からそのあだ名で通っていた。
でも、まさか彼にまで呼ばれるなんて。
どうやら彼は、私を待っているらしい。
のろのろと彼の横に歩んだ。すると彼はなんだか満足げな顔で、再び歩き出した。
その横を歩きながら、ちらりと彼を見上げた。
「……ねえ、なんでなっちゃんって呼ぶのよ」不満なわけではない。
むしろ、嬉しかったが、それと同時に恥ずかしかった。まるで特別に仲が良いみたいだ。
さっちゃんにこれまで、あだ名で呼ばれたことはないはずだ。
他の人に呼ばれたところで何とも思わないのに、彼に呼ばれただけで、体が溶けてしまいそうだ。
「だって、なっちゃんだろ?」私の言葉のほうがおかしいかのように、彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「そりゃそうだけど、でもいきなりじゃない?」「え、前から呼んでるって」たぶん、と彼は不安そうに付け加えた。
あまり覚えていないようだ。呼ばれたことが、あっただろうか。
私は覚えていないけれど、あったのかもしれない。
覚えていないのは、勿体ない気がした。
「でも、苗字とか、あるでしょ」「あー……苗字? 苗字?」「もしかして、私の苗字わかんないの?」十年以上も同じところへ通っていて、信じられない。
私は彼以外にも、女子も男子もフルネームで覚えているのに。
彼を見上げると、目を逸らされた。
本当にわからないようだ。いやー、と彼ははにかんだ。
「だってずっとなっちゃんで覚えてたから、仕方ないだろ」言い訳がましいことを言いながら、彼は苦笑した。
苦笑だって、愛らしい。昔から彼は、笑えば許されてしまうところがあった。
彼の笑顔を見ると、まあいいか、許しちゃおう、なんて思ってしまうのだ。ズルい笑顔だ。
私もそうなってしまいそうになるのを、慌てて考え直した。
「仕方なくない。本井よ。も、と、い」一文字ずつはっきり名乗ると、彼はオウムのように、本井、と繰り返した。
コクコクと頷きながら言うので、幼い子供みたいだ。
可愛い、なんてやはり思ってしまう。
「覚えた?」「覚えたけど、使わなきゃ意味なくね?」本井、本井、と彼は何度も呟く。
その声は確かに私の耳に届いているけれど、呼ばれている気がしない。
なっちゃんで、構わない。これからもそう呼んで欲しい。
そう望んでいるのだが、口からはその通りの言葉は出て来ない。
「使ってよ、ちゃんと」もっと素直な言葉が出てきたら、どんなに楽だろう。
自分自身が嫌になる。まだ特別な呼び方でいられるのに、馬鹿な私だ。
「別にいいじゃん、なっちゃんで」「だ、だって、仲良いみたいじゃない」実際は呼び名だけで、それ程話したこともないのだ。
それにも関わらず、あだ名で呼ぶのは変だ。
「幼馴染だから、仲良いだろ?」雑踏の音が止んだような気がした。
気のせいだ。私たちの周囲では、各々が笑い声を零している。
不意に足を止めた私を見て、彼は首を傾げた。
彼にとって、これは、特別な言葉ではないのだ。
私がこんなにも考えているのに、彼はきっと、何も考えていない。
ムカつくなあ。さっちゃんがそれいいなら、私は何だっていい。
私たちは、幼馴染で、仲が良い。
恐らく彼にとっては、友達。
「だからなっちゃんも、俺のことあだ名でいいんだけど」「は?」「前はさっちゃんだったよな?」たった数回しか直接呼んでいないのに、覚えているなんて、予想外だった。
そんなこと、彼にしてみれば大したことではないだろうから、気にもしていないと思っていたのに。
「呼んでた、けど……」だからといって、今は以前とは違う。
そんな風に呼んでは、誤解だって生むだろう。
勿論、彼と私では釣り合わないと自覚しているが。
彼にだって、誤解されたくない相手くらいいるだろう。
それでも、呼んでいいのだろうか。
「呼んで、いいの?」不安に顔を上げる。
見慣れた、可愛らしい彼の顔がそこにはある。
「なっちゃんがいいなら」「なによ、それ」私が嫌なはずがない。
特別に呼んで、いいのだろうか。
そう躊躇するが、呼びたい、という気持ちは強かった。
そもそも、彼にとっては幼馴染をあだ名で呼び、呼ばれることは、何も特別ではない。
私が勝手に特別だと感じてしまうだけだ。
私の中だけで、特別だと思っている。
それはつまり、自己満足だ。
それなら、許される気がする。
特別な呼び方も含めて、ただの片想いだから。
「まだー?」「うるさい、さっちゃんの癖に」「すごい使い方してきたな……」呆れた声を出した彼の横を、通り過ぎる。
彼は大股で、すぐに私に追いついた。
私はさっちゃんを呼びに行くよう言われただけなのに、時間が掛かってしまった。
戻ったら、私まで遅いと怒られそうだ。
「つーか、担任何の用だって?」思い出したようにさっちゃんは首を傾げた。
「何の用じゃないわよ、掃除当番!」「あ」「どうせ忘れてたでしょ、さっちゃん」今のは自然な呼び方だった。
思わず自画自賛する。
横目で彼を見ると、やけに嬉しそうな顔をしていた。
何故そんな表情を浮かべているのだろう。
そんな顔をされてしまったら、次からは自然に呼べないのに。
なっちゃんは真面目だよな、と彼は呟いた。
「真面目じゃないわよ、全然」教師に呼んで来るように言われたからといって、相手が彼でなかったら、他の人に押し付けていたかもしれないのだから。
さっちゃんだから、呼びに来たのよ。
そんなこと、言えるわけがなかった。
私もきっと、彼と同じような顔で、笑っているだろう。

いつかまたあの木の下で

「オレたち。別れよう・・・」突然言われたタクからの言葉。
「え・・・」意味が分からなかった。理解できなかった。
「他に・・・好きな人ができたんだ・・・」
頭の中が真っ白になった。
何も考えられなかった。「ゴメン・・・」と言うとタクは去っていった。
タクの背中を見つめながら涙がこぼれた。いつも一緒にいた大きな木の下。
風が吹き。ザワザワと悲しい音を立てた。
あれからどうやって家に帰ったか覚えていない。
目が覚めると朝になっていた。ベッドの上でまた涙がこぼれた。
止まらなかった。いつの間にかまた眠ってしまっていた。
また朝が来た。昨日から何も食べていない。
でも。食欲なんてなかった。
「タク・・・」まだ実感が持てなかった。
また夜になったらタクから電話がかかってくるようなメールが届くような。そんな気がしていた。
メールも電話も来なかった。「他に好きな人ができた」
タクの声が頭に響く。そっか。
その人と楽しくやってるのか・・・だけどまた戻って来るような、そんな期待をしていた。
あれから数日が過ぎた。相変わらず食欲はなく。だいぶ体重が落ちたようだ。
歩くとフラフラする。ホームに入ってくる電車の風に耐えられず。思わずよろける。
そしてそのまま線路に吸い込まれそうになる。
(もう。終わったんだ・・・)
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごす。
心にぽっかりとあいた穴はなかなか埋められそうになく。1日。また1日と時間だけが過ぎていった。
「ユウちゃん。だいぶ痩せたね」声をかけてきたのは同僚のナツキ。
「最近。お昼食べてないんだ。ダイエット中なの」
私は嘘をついた。
食べてないんじゃなくて食べたくない。
「えー。お昼食べなかったら午後が持たないじゃん!」
「でもデスクワークだし。もう慣れちゃったから」
「へ~。すごいね~」
そう言うとナツキはパクパクとお弁当を食べ始めた。
なんとなく。付き合っていた彼と別れたとは言い辛かった。
それ以来、社内で知らない人に声をかけられる事が多くなった。
「ユウさんでしょ?私もね。お昼食べるのやめてみたの」
・・・ナツキめ。お喋りなナツキが、「お昼を抜くと痩せる」というデタラメな噂をあちこちで言いふらしているらしい。
「あはは・・・そうですか~」適当に話を合わせてその場を離れる。
(は~あ。メンドクサー)会社に蔓延した「昼抜きダイエット」はしばらく続いた。
数ヶ月が過ぎた。
私の心もだいぶ落ち着きを取り戻し、これがいつもの生活だと自覚できるようになった。
そんなある夜、1通のメールが届いた。
「誰だろ?」携帯を開くと
「元気?」の文字。
電話帳からはとっくに消したけど、アドレスは覚えていた。
タクからだった。私は悩んだ。
あんなに望んでいたのに・・・。まだ好きなのに・・・。速攻で「元気だよ!」と返したい
「元気?」の文字を見つめながら今までのことが頭をよぎる。
好きな人が出来たと言って私を捨てたタク・・・。崩壊しそうなくらい辛い精神状態の日々。
ほとんど食べ物を受け付けなくなった体。とても元気などではなかった。
そう思ったらなぜかあんなに好きだったタクの、まったく誠意のないメールに怒りの念が込み上げてきた。
私は返事をすることなく携帯を閉じた。
ずっと考えていた。なんで今さらメールなんか・・・
例の好きな人と別れたのだろうか?だとしても、別れたからまた連絡を取り合おうなんて都合が良すぎる。
たった一言のメールにいろんな事を想像した。それでも結局、返す返事が見つからないまま、あのメールはそのままになってしまった。
それからというもの、2~3ヶ月に1回くらいタクからメールが来るようになった。
「今度水族館行かない?」「どっか遊びに行こうよ」
いつも私を誘う内容のメールだった。
もちろん返事は返さない。というより返せない。
付き合っている人がいる訳ではないが、このまま誘いに乗ってしまった後の結果は目に見えている。
(一人でいるよりはマシかな)なんて考えたこともある。
だけど・・・だけど一方的に別れを告げられたこと。
何ヶ月も経ってから何事もなかったかのようなメール。なんか許せなかった。
また同じことになると女の勘が告げていた。「ほんと。フザけてるよねー」そう言うのは姉のチエである。
姉とはたまに会って食事をする。
姉にだけは今付き合っている人のこと、。別れたことなども話している。
というより、聞かれるから正直に答えている。
「今でもたまにメールが来るよ。返事は返してないけど」「当然だよ!」
まるで自分の事のように怒っている。
姉とは8歳も年が離れているので母以上に口うるさい。
その昔、タクを実家に連れて行ったことがある。
高校時代からの付き合いだったから、その時は何も言われなかったけど。
実は両親がタクをあまり良く思ってなかったと聞かされた。私がまともに就職活動をしなかったことや、
高校を卒業して、早々に一人暮らしを始めたことも、タクのせいだと思っていたらしい。
全部自分で考えての行動だったんだけど・・・
「まぁ、そんな男さっさと忘れちゃいな」そう言うと姉は帰って行った。
あれから3年が経った。タクからのメールはもう来ない。
私は結局。1度も返事を返さなかったし、もうたまに思い出す程度になっていた。
仕事のほうも順調だ。
派遣社員ではあるけれど、責任のある仕事を任されている。
相変わらず彼氏はいない。だけど、
家に帰ると疲れて寝てしまうことがほとんどだから。
寂しさを感じてる余裕もない。ある意味ありがたい・・・のかな?
今日は久しぶりに仕事が早く終わった。外はまだ明るい。
「散歩でもしながら帰るかー」私は目的地を決めることもなく、気の向くままに歩き始めた。
「まだ明るいっていいなー♪」普段は真っ暗になった道を帰るので、夕方ではあるけれど周りの景色が新鮮に見える。
私は思いっきり空気を吸い込んだ。「もう夏だなぁ」夏の夜の独特のにおいを感じた。
ただそれだけで心が弾んだ。ふと気付くと見覚えのある場所に来ていた。
「あの木・・・」懐かしいあの木。
またあの時の光景を思い出す。もう涙は出なかった。
あんなに辛い思いをした場所が。今では懐かしい場所に変わっていた。
私はそっと木の幹に手を当てて空を見上げる。その木はあの時と変わらず、青々とした葉を茂らせている。
気持ちのよい風が吹いている。私は目を閉じてしばらくその風を全身に感じていた。
カサッ私は目を開けて音がした方を見る。「・・・タク?」
そこにいたのはタクだった。「久しぶりだね・・・」
私達はしばらくの間。黙って見つめあっていた。
向こうも驚いているようだった。「・・・あのさ」とタクが口を開く。
「悪かったな。あの時は」思いがけない言葉だった。
だけど今さら言われても。「別に・・・」他に言葉が思いつかなかった。
もう、怒ってもわめいてもどうしようもない。
「今、どうしてる?」「別に・・・一人でやってる・・・」「そうか」
そう言うとまたしばらく沈黙が続いた。「オレ。結婚したんだ」「そう、おめでと」「うん。でも・・・」
「何?」「でも、この季節になるとこの場所に来ちゃうんだ」
そう言うとタクは空を見上げる。「この場所で、オマエは今どうしてるかと考えちゃうんだ」
私は少し考えて言った。「私は大丈夫。奥さんいるんでしょ。もうココには来なくていいよ。もう終わったことなんだから」
ワザと明るく言って見せた。「じゃあね」
そう言うとあの時とは逆に、今度は私がタクに背中を向けて歩き出した。もう出ないと思っていた涙が頬を伝った。
あの時と同じ、ザワザワという木の音が響いていた。