いつかまたあの木の下で

「オレたち。別れよう・・・」突然言われたタクからの言葉。
「え・・・」意味が分からなかった。理解できなかった。
「他に・・・好きな人ができたんだ・・・」
頭の中が真っ白になった。
何も考えられなかった。「ゴメン・・・」と言うとタクは去っていった。
タクの背中を見つめながら涙がこぼれた。いつも一緒にいた大きな木の下。
風が吹き。ザワザワと悲しい音を立てた。
あれからどうやって家に帰ったか覚えていない。
目が覚めると朝になっていた。ベッドの上でまた涙がこぼれた。
止まらなかった。いつの間にかまた眠ってしまっていた。
また朝が来た。昨日から何も食べていない。
でも。食欲なんてなかった。
「タク・・・」まだ実感が持てなかった。
また夜になったらタクから電話がかかってくるようなメールが届くような。そんな気がしていた。
メールも電話も来なかった。「他に好きな人ができた」
タクの声が頭に響く。そっか。
その人と楽しくやってるのか・・・だけどまた戻って来るような、そんな期待をしていた。
あれから数日が過ぎた。相変わらず食欲はなく。だいぶ体重が落ちたようだ。
歩くとフラフラする。ホームに入ってくる電車の風に耐えられず。思わずよろける。
そしてそのまま線路に吸い込まれそうになる。
(もう。終わったんだ・・・)
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごす。
心にぽっかりとあいた穴はなかなか埋められそうになく。1日。また1日と時間だけが過ぎていった。
「ユウちゃん。だいぶ痩せたね」声をかけてきたのは同僚のナツキ。
「最近。お昼食べてないんだ。ダイエット中なの」
私は嘘をついた。
食べてないんじゃなくて食べたくない。
「えー。お昼食べなかったら午後が持たないじゃん!」
「でもデスクワークだし。もう慣れちゃったから」
「へ~。すごいね~」
そう言うとナツキはパクパクとお弁当を食べ始めた。
なんとなく。付き合っていた彼と別れたとは言い辛かった。
それ以来、社内で知らない人に声をかけられる事が多くなった。
「ユウさんでしょ?私もね。お昼食べるのやめてみたの」
・・・ナツキめ。お喋りなナツキが、「お昼を抜くと痩せる」というデタラメな噂をあちこちで言いふらしているらしい。
「あはは・・・そうですか~」適当に話を合わせてその場を離れる。
(は~あ。メンドクサー)会社に蔓延した「昼抜きダイエット」はしばらく続いた。
数ヶ月が過ぎた。
私の心もだいぶ落ち着きを取り戻し、これがいつもの生活だと自覚できるようになった。
そんなある夜、1通のメールが届いた。
「誰だろ?」携帯を開くと
「元気?」の文字。
電話帳からはとっくに消したけど、アドレスは覚えていた。
タクからだった。私は悩んだ。
あんなに望んでいたのに・・・。まだ好きなのに・・・。速攻で「元気だよ!」と返したい
「元気?」の文字を見つめながら今までのことが頭をよぎる。
好きな人が出来たと言って私を捨てたタク・・・。崩壊しそうなくらい辛い精神状態の日々。
ほとんど食べ物を受け付けなくなった体。とても元気などではなかった。
そう思ったらなぜかあんなに好きだったタクの、まったく誠意のないメールに怒りの念が込み上げてきた。
私は返事をすることなく携帯を閉じた。
ずっと考えていた。なんで今さらメールなんか・・・
例の好きな人と別れたのだろうか?だとしても、別れたからまた連絡を取り合おうなんて都合が良すぎる。
たった一言のメールにいろんな事を想像した。それでも結局、返す返事が見つからないまま、あのメールはそのままになってしまった。
それからというもの、2~3ヶ月に1回くらいタクからメールが来るようになった。
「今度水族館行かない?」「どっか遊びに行こうよ」
いつも私を誘う内容のメールだった。
もちろん返事は返さない。というより返せない。
付き合っている人がいる訳ではないが、このまま誘いに乗ってしまった後の結果は目に見えている。
(一人でいるよりはマシかな)なんて考えたこともある。
だけど・・・だけど一方的に別れを告げられたこと。
何ヶ月も経ってから何事もなかったかのようなメール。なんか許せなかった。
また同じことになると女の勘が告げていた。「ほんと。フザけてるよねー」そう言うのは姉のチエである。
姉とはたまに会って食事をする。
姉にだけは今付き合っている人のこと、。別れたことなども話している。
というより、聞かれるから正直に答えている。
「今でもたまにメールが来るよ。返事は返してないけど」「当然だよ!」
まるで自分の事のように怒っている。
姉とは8歳も年が離れているので母以上に口うるさい。
その昔、タクを実家に連れて行ったことがある。
高校時代からの付き合いだったから、その時は何も言われなかったけど。
実は両親がタクをあまり良く思ってなかったと聞かされた。私がまともに就職活動をしなかったことや、
高校を卒業して、早々に一人暮らしを始めたことも、タクのせいだと思っていたらしい。
全部自分で考えての行動だったんだけど・・・
「まぁ、そんな男さっさと忘れちゃいな」そう言うと姉は帰って行った。
あれから3年が経った。タクからのメールはもう来ない。
私は結局。1度も返事を返さなかったし、もうたまに思い出す程度になっていた。
仕事のほうも順調だ。
派遣社員ではあるけれど、責任のある仕事を任されている。
相変わらず彼氏はいない。だけど、
家に帰ると疲れて寝てしまうことがほとんどだから。
寂しさを感じてる余裕もない。ある意味ありがたい・・・のかな?
今日は久しぶりに仕事が早く終わった。外はまだ明るい。
「散歩でもしながら帰るかー」私は目的地を決めることもなく、気の向くままに歩き始めた。
「まだ明るいっていいなー♪」普段は真っ暗になった道を帰るので、夕方ではあるけれど周りの景色が新鮮に見える。
私は思いっきり空気を吸い込んだ。「もう夏だなぁ」夏の夜の独特のにおいを感じた。
ただそれだけで心が弾んだ。ふと気付くと見覚えのある場所に来ていた。
「あの木・・・」懐かしいあの木。
またあの時の光景を思い出す。もう涙は出なかった。
あんなに辛い思いをした場所が。今では懐かしい場所に変わっていた。
私はそっと木の幹に手を当てて空を見上げる。その木はあの時と変わらず、青々とした葉を茂らせている。
気持ちのよい風が吹いている。私は目を閉じてしばらくその風を全身に感じていた。
カサッ私は目を開けて音がした方を見る。「・・・タク?」
そこにいたのはタクだった。「久しぶりだね・・・」
私達はしばらくの間。黙って見つめあっていた。
向こうも驚いているようだった。「・・・あのさ」とタクが口を開く。
「悪かったな。あの時は」思いがけない言葉だった。
だけど今さら言われても。「別に・・・」他に言葉が思いつかなかった。
もう、怒ってもわめいてもどうしようもない。
「今、どうしてる?」「別に・・・一人でやってる・・・」「そうか」
そう言うとまたしばらく沈黙が続いた。「オレ。結婚したんだ」「そう、おめでと」「うん。でも・・・」
「何?」「でも、この季節になるとこの場所に来ちゃうんだ」
そう言うとタクは空を見上げる。「この場所で、オマエは今どうしてるかと考えちゃうんだ」
私は少し考えて言った。「私は大丈夫。奥さんいるんでしょ。もうココには来なくていいよ。もう終わったことなんだから」
ワザと明るく言って見せた。「じゃあね」
そう言うとあの時とは逆に、今度は私がタクに背中を向けて歩き出した。もう出ないと思っていた涙が頬を伝った。
あの時と同じ、ザワザワという木の音が響いていた。