とあるちっぽけな喫茶店

あるちっぽけな喫茶店。
内装は平凡だし、これといって普通の喫茶店と変わらないのだが、普段はすぐに満席になり、なかなか入ることができない。
自慢ではないが私はこの喫茶店のオーナーである。
噂ではこの喫茶店を訪れた人は、すぐに運命の人と出会えるという。
今回はそのうちの一人である少女についての話である。
それは寒い冬の日だった。
外はものすごい大雪に見舞われ、いつもは賑わう喫茶店もこの日ばかりはガラガラだった。
カランカラン…こんな天気にも関わらず一人の少女が店の中へと入ってきた。
少女は一見普通の女子高生で、飲み慣れていないのか、苦手そうにコーヒーを飲んでいた。
コーヒーを飲み終えた後、彼女はゆっくりと立ち上がり喫茶店を出て行った。
次の日も雪が激しく、ガラガラの店内。
カランカラン…まさかと思い玄関に目をやると、やはり昨日来てくれていた女子高生だった。
昨日と同じ窓際の席、同じコーヒーをまた苦手そうに飲み干す。
そしてまたゆっくりと立ち上がったが、この日は彼女が話しかけてきた。
「あの、最近は雪がひどくて、お客さんが少ないですね」「うん、この天気じゃどうしようもないよね、店を空けててもほとんど意味がないくらいだよ」「ここって、恋人ができる喫茶店で有名ですよね?」「まぁそうだね、僕としてはなにがなにやらって感じだけど、なんだか噂になってるみたいでさ。」「もう一杯コーヒーお願いします、砂糖とミルク多めで」彼女は私の目の前のカウンター席に腰を掛け、もう一杯のコーヒーを頼んだ。
コーヒーを飲む彼女は、やはり苦手そうに見えた。
「お嬢ちゃん、コーヒー苦手なの?」「やっぱりわかります?でもコーヒーが一番効果的って噂なんですよ」と、苦笑いをする彼女。
「そうなんだ、どうしてそんなに彼氏がほしいの?」「えっと、もうすぐクリスマスなので、一人じゃ寂しいなって思って」話を聞いていくと、彼女は他県から推薦で高校に入学したらしく、親元を離れ一人で生活をしていることがわかった。
「一人暮らしかぁ、料理とかの家事は自分でやってるの?」「はい、一応やってますよ」「それは大変だね、だから早く彼氏がほしいってことか」「はい、今年こそ彼氏がほしいってことでここに来たんです」「きっとできるよ、約束はできないけどここはそういう店らしいから」彼女はニッコリと笑って頷き、この日は帰って行った。
次の日も、その次の日も、彼女は毎日店に来た。
人が多くて入れなくても、ずっと店の前で席が空くまで待っていた。
ある日、いつもの時間になっても現れなかったので少し心配だったが、閉店間際の時間にやってきたので一安心していた。
「今日はいつもより遅かったから少し心配しちゃったよ」「はい、学校でいろいろとあったので」店じまいの時間になったが、私は彼女だけを店に残して店を閉めた。
「あのさ、今日はもう少し話をしたいなと思うんだけど」「私も、もっと話がしたいです」この時はまだ実感こそしていなかったが、私は彼女が好きになっていたのだと思う。
この日を境に、閉店した後に2人で話すというのが習慣になっていた。
クリスマスの日になり、外には幸せそうなカップルが手を取り合い歩いている。
ふと外を眺めていると、彼女が同い年くらいの男の子と一緒に歩いていた。
とっても幸せそうな笑顔だった。
嬉しいような、悲しいような、なんだか複雑な気分だった。
なんだか嫉妬のような感情も芽生えていたが、私には黙って見守るしかなかった。
次の日彼女は今まで見たこともないような笑顔で来店した。
「あの、ほんとに彼氏できました!」「ほんとに?よかったね!」なんだか素直に喜べない自分を必死に隠し笑って見せた。
私は彼女よりも一回りほども年上で、なおかつ私と彼女はオーナーとお客さんという関係でしかない。
嫉妬なんかできる立場じゃないのは重々把握していたので、笑うしかなかったのだ。
「この喫茶店のおかげです、今までずっと彼氏なんてできっこないって思ってたのに、ここに来てからすぐに告白されちゃって」
「そっか、やっぱりこの店本当になにかあるのかもね」などと彼女の楽しそうな恋愛話を聞いたりした。
彼氏ができてというもの、彼女が毎日来ることはなくなってしまった。
週に1回か2回ほどここに来て、いろいろと相談して帰るくらいだ。
ところがいつも満面の笑みを浮かべてやってくるはずの彼女が、今にも泣きだしそうな悲しい顔をしてやってきた。
「どうしたの?そんな悲しい顔して」あたりさわりのないようにそっと話しかけた。
「彼氏にふられちゃいました、運命じゃなかったみたいです」「それは残念だったね」私はそっとコーヒーを出した。
「これは私のおごり、また次があるよ、まだ若いんだから」
彼女は堪えきれなくなったのか、ボロボロと涙をこぼしていた。
「ありがとうございます、頑張ります」「うん、元気だしてね。君は笑ってる時が一番素敵だからね」
また毎日彼女がやってくるようになり、ずいぶんと時間は経った。
彼女は高校を卒業し、今はどこかの会社のOLを。
私は相も変わらずこの喫茶店のオーナーをやっていた。
苦手だったコーヒーも、なんなく飲める大人の女性となり、あの頃とは別の魅力を放っていた。
私は日に日に彼女に魅入られていった。
そしてある冬の頃。
いつものようにやってきた彼女と、いつものように話していた。
店じまいをし、2人きりになってから、彼女はこう切り出した。
「いつからか、貴方を本当に好きになってしまいました。付き合っ…」付き合ってくださいと言いたかったのだろうが、私は彼女の口をそっと手で覆い、言葉を止めた。
「そういうのは、男から言うもんだって思ってるから。僕はずっと貴方が好きだった。
好きで好きでたまらなかったけど、ずっと言えなくて。こんな僕でもよかったら、これから一緒に付き合っていってほしい」「うん、ずっと大切にしてね」彼女は頬を赤らめながらそう返事をした。
でもきっと私のほうが赤かったんだろうなって、思い返すとかなり恥ずかしい。
それからというもの、お互い仕事が終わってからデートするようになった。
お互い次の日も仕事っていう日が多いので、旅行に行ったり、遅くまで一緒にいることはできなかったけど、それなりに充実した毎日を送っていた。
その年のクリスマスの日、普段のようにデートしている時だった。
イルミネーションで綺麗に飾られ賑わう街並み。大きなクリスマスツリーが飾られた公園のベンチで私たちが寄り添っていると、「最初に飲んだコーヒーで、私は運命の人に出会えてたんだね。気づかなかったよ」
と、ふいに彼女が照れ臭そうに言いながら、チラチラと私を見つめた。
私は彼女の顎をそっと持ち上げ、優しくキスをした。
「このファーストキスが、運命の相手だったらいいな」「初めてだったの?そっか、きっと運命だよ。いや、運命にしてみせる」
歳は一回りも離れているけど、そんな歳の差すら感じさせないほどに、今でも私たちは対等でいい関係を持てている。
運命の出会いがあるとご利益のある喫茶店。
本当にこの喫茶店のおかげかどうかはさておき、私たちは巡り合うことができた。
私たちはこうして幸せを掴み取ることができた。
人生いつどこで何が起こるかなんてわからない。
何が運命で何が運命じゃないのかもわからない。