ハートの鍵

6年付き合った彼と別れて約1年。新しい出会いもないまま今日に至る。
だが幸い仕事が嫌いではないのが救いだ。会社に来れば気の合う仲間もいる。
まるで学校に通っているみたいに楽しい。会社にいる時は・・・。
私は一人暮らしをしている。だから家に帰ればいろんな事を考えてしまう。
もうあれから1年が経つが、いまだに元彼を忘れられない自分がいる。(あーあ。早く明日にならないかなー)
そう思いながら夜を過ごしていた。
しばらくして急にパートナーだった先輩が会社を辞める事になった。新しく出来た事業所に引き抜かれたのだ。
おめでたい事ではあるのだけど、歳も一番近かったし話も合ったから少し寂しいと感じた。
後任には先輩が自分で面接して選んだという人が来た。名前は早川。
採用理由は「受け答えがハキハキしてて一番まともだったから」
だそうだが、私はあまり良い印象を持てなかった。ホストみたいな顔立ちで、なんだか細いフレームのメガネをかけている。
(この人、遊んでるんだろうな~)そしてなんかヘラヘラしている。
周りから見たら笑顔で好印象なのだろうが、なんか気に入らない。仕事も丁寧にやっているのだろうが、遅い・・・
そして使っている香水も何もかもが好きになれなかった。狭い部屋なので、新人が帰った後はみんなでその話題になる。
「なんか香水キツくない?」「でもカンジ良さそうな人だよね」「実家は豪邸らしいよ」(・・・実家が豪邸?どこから仕入れたんだ、その情報)
私はこれからこの気に入らないヤツとパートナーになるのか・・・憂鬱だ・・・
先輩が去り、1ヶ月が過ぎた。今まで以上にヤツの奇行が気になりだした。
何故か仕事が終わっても帰らない。いや、彼の場合終わってないのか??
時々、顔を上げてはみんなの話を楽しそうに聞いている。(やることないなら早く帰れよ!帰ってくれよ!!)
私はその場の会話に参加することはなく「お疲れ様でした~」とロッカールームへ向かう。
もちろん上司にも何度も相談した。遅くまで部屋に残っていること。
香水がキツすぎること。仕事が回ってくるのが遅いこと。
でも、いつも「注意しておくよ~」とごまかされる。
どうやら私以外の人とは気が合うみたいだ。(は~あ、早くいなくならないかな・・・)
周りの人たちにも「絶対にイヤ!」というほど、私は彼のことを嫌っていた。
前にも言ったように、私達の部署はみんな仲が良い。
付き合いも長いので、誰かが忙しくしている時は何も言わなくても何を手伝えば良いかが分かる。
それくらいお互いの信頼もあった。だけどある日を境に仲間がいなくなった。
「もっと条件の良い職場を見つけたので退職します」
そう言われては会社としてもダメとは言えない。
もちろん説得はしたが、彼の将来を考えると待遇の良い会社の方が当然いいに決まっている。
その出来事をきっかけに次々と同僚が辞めていった。
最後に残った一人は業務の多さに手が回らず、もうウンザリ。という形で辞めていった。
「寂しくなりましたねぇ・・・」と早川が言う。
「そうだね」私はそっけない返事を返す。
相変わらずコイツとはあまり話したくない。
しかし一番嫌いな早川が一番長い付き合いとなってしまった。
それからというもの、早川はよく私に話しかけてくるようになった。
話せる相手が他にいないからだろうけど。仕事の終わりも合わせてくるようになった。
「あ、帰ります?じゃあ僕も♪」ロッカーまでの距離を無言で歩く。
人に見られたら冷やかされるし、正直あまり一緒に歩きたくない。
なにより、(何でコイツ、私になついてんだ?)と思った。
楽しく会話をしたこともなければ、無言で書類を受け取るなんてこともしょっちゅうある。
それなのになんで? 変なヤツ。
不思議なもので、そんな日が続くと帰り道に偶然会ったりするようになる。
どうやら方向が一緒らしい。ちょっと考えると怖い。
ストーカー??なんて思ってみたり。しぶしぶ一緒に歩くけど、アンタ自転車押してんじゃん。
それに乗ってさっさと帰ればいいじゃん。どんな話をしたかも覚えてない。
それくらいどうでもいい時間だった。その日はめずらしくアイツが先に帰ろうとした。
帰り際に「コレ」と銀色に光るものを置いていった。
「ちょっとちょっと、何コレ、いらないよ!」「いいから いいから」
そう言うと、そそくさと部屋を出て行った。(なんだろ、コレ)
よく見ると、それは銀で出来た鍵の形のペンダントヘッドだった。
上には小さいガーネットが入ったハートの飾りが付いている。(カワイイけど・・・)
いきなりこんな高価な、そして意味不明な置き土産をされても・・・
置いて帰る訳にもいかず、とりあえずなくさないようにハンカチに包んで持って帰った。
次の日、「コレ、困るよ、こんなの貰っても」
「気にしないで。そんなにいいモノじゃないし」「いや、意味わからないし」無言で微笑む早川。
返したくても受け取ってくれない。(どうすればいいんだろ、コレ・・・)
いつか返してやろうと思って、いつも持っている携帯のストラップに付けておいた。
季節はもう春になるのに寒い日が続いていた。「なんかよく会うね」
帰り道で会った時、私が言った。なんかもう偶然が重なりすぎて、私から話しかけることに違和感がなくなっていた。
一緒にこの道を歩くのも何度目だろう。「・・・あのさ、偶然じゃないんだ」「え?」
「帰りが一緒になるように合わせてた」「・・・」
私はわざと照れ隠しにふざけてみせた。「何言ってんの?冗談でしょー」「あなたは全然オレの気持ちが分かってない!!」・・・分かっていた。
でも、気付いていないフリをしていた。なぜなら、早川は前に付き合っていた彼と似ているところがあったから。
元彼とは彼の浮気という悲しい終わり方をしている。
また同じ思いをするのではないかと怖くて仕方なかった。
今思えば、最初に嫌いだと感じたのも、元彼とダブって見えたからかもしれない。
私は正直にその事を伝えてみた。「オレはそいつじゃないよ」
別れてから1年が経つとはいえ、6年も付き合っていた相手だ。心の傷は結構深い。涙が溢れてきた。
どうしたらいいかわからない。忘れたい。
でもまた同じ思いはしたくない。怖い・・・
早川は黙って後ろから私を抱いてくれた。余計に涙が止まらなくなった。
「オレは浮気はしないよ」「最初から・・・オレは浮気するなんていう男・・・いないよ・・・」
どれくらい泣いてただろう。私の涙が止まるのを待って、駅まで送ってくれた。
「付き合おう」という言葉はなかったけど、「好きだ」という言葉もなかったけど、
もう言わなくても分かっていた。抱いてくれた背中がすごく温かかった。
一人の帰りの電車の中で、もっと一緒にいたいと思った。たとえまた悲しい結末を迎えたとしても。
「ホントの事を言うと私ね、最初あなたのことが大っ嫌いだったの」「でも今は大好きでしょ?」
「さぁ、どうかなぁ。あとね、その香水、クサイ」
今日もいつもの道を二人で歩いて帰る。相変わらず夜は寒いけど、もう一人じゃない。
「早くあったかくなるといいね」
「あったかくなったら動物園でも行こうか」
あの時のハートの鍵は、今も私の胸で光っている。