離婚のカギ【第2話】

やがて落ち着いてきた彼女は朝から全く寝ていないこともあり、いつの間にかソファーで寝てしまっていた。起きると時刻は19時過ぎ。

携帯を開くと久保田からメールが届いていた。

「悪い、寝ていた。何か用?」

すぐに電話をしようとも思ったが、また出ないような気がしたので彼女はメールで写真の入っていた封筒のことを伝え、関係を終わらせたいという旨を伝えた。

返信はすぐにきた。久保田のほうは特に驚いている様子もなく、関係を終わらせることに関しても特に反対はしなかった。こうして二人の半年の不倫関係はあっさり終わったが、真由美の中にはまだ問題が残っていた。

手紙の送り主も分からず、またいつ同じようなものが送られて、不倫をネタに脅されるかわからない。或いはこれは夫の依頼した浮気調査なのかもしれない。そうだとすれば離婚は免れないし、生活はめちゃくちゃになる。

不倫をした当初、もしかしたらばれるかもしれない。そう思った時もあったが、それでも仕事で家を空ける夫のいない孤独に対する不安は消えなかったし、寂しさの方が罪悪感に勝ってしまった。

けれどもそれはもしばれた時に離婚を覚悟していたということとは別の問題で、久保田と不倫をした当初から今まで彼女はこの関係が第三者や夫にばれることが怖かったし、そのことで家庭が終わりを告げるのが何よりも恐ろしかった。

それが今現実になろうとしている。

しかし白い封筒が届いてから一週間してからも、特に何も起きなかった。家に帰ってきた夫も不倫のことや封筒のことに気づいている様子はなく、久しぶりに暫く家にいられる時間が作れると呑気に喜んでいた。

この日は真由美もパートがなく、夫も仕事がなかったので久しぶりに二人で出かけようということになり、近くのショッピングモールに来ていた。

夫の洋服や真由美のアクセサリーを見て、夕飯の買い物をしているうちに段々と封筒のことや浮気のことも真由美の頭の中から消えかけていた。

「ここのアクセサリーショップ、付き合っていた頃よく二人で来ていたよな」

そう徐に夫が口を開いた。特有名でもないその店は、ハワイアンジュエリーや変わったネックレスなどが多く、お揃いのネックレスや指輪を二人でよく買った場所だった。

買ったアクセサリーにはレーザーで刻印をしてもらったりすることもでき、値段も手頃なので学生カップルと見られる客が多くいた。

「久しぶりにお揃いのネックレスでも買おうか」

そういって夫は店内に足早に進んでいく。

「これなんかどう?」

夫が手にとって見せてきたペンダントトップを見た瞬間、真由美の中で忘れかけていた記憶が蘇った。それは一週間前に彼女の家に届いた封筒の中に入っていた無記名のペンダントトップと全く同じ物だったのだ。

しかし夫はそのことを知っている風ではなく、一人でそのペンダントトップの中に入れられる石を選びながらはしゃいでいた。

買い物の間真由美は殆ど会話や中の石、チェーン選びのことは記憶になく、上の空で買い物をしていた。

「ポイントカード持っているでしょ?」

夫のその言葉で我に返った真由美は慌てて財布の中からショッピングモールのカードを取り出し夫に渡した。

返されたカードを財布にしまいそのままジッパーを閉めようとしたとき、彼女は気づいた。一週間前、確かに財布の中に閉まっておいた無地のプレートが消えていることに。

離婚のカギ【第1話】

真由美は都内のホテルの一室で煙草を燻らせる久保田の背中を見つめていた。

彼女が久保田と不倫関係になってから半年が経とうとしているが、夫の坂井篤が彼女の裏切りに気づく気配はない。

平日の朝方ということもありホテルの窓から見える景色はスーツ姿の男たちで活気づいている。

「次、いつ会える?」

真由美のほうを見ようともせず愛想なくそう問いかける久保田の背中を見つめながら、彼女は少し哀しい気持ちになった。

ホテルを出て昼の街に出るとすっかり活気づいていた。先週末から大阪に出張に出ている夫に義務的にメールを送信したのち、すぐに家に帰るのも勿体ないと思ったので買い物をすることにした。

特に何か欲しいものがあるわけでもなくぶらぶらしていると、真由美はいつの間にか男性衣料やバッグを扱う店に入っていた。

店内を見回していると男性店員が近づいてきて、愛想よく接客をしてくる。それを適当にかわしながら店内を見ていると、ふと目に入ったものがある。

それは昨晩ホテルで久保田に会ったときに彼が身に着けていたネクタイだった。紺色のそれを見ていると夫のことなど頭には全くない自分にふと嫌気がさした。

そして、久保田との秘密の関係を続けている自分に対して嫌気がさす程度には夫への愛情が残っていることに若干の安堵も覚えたのだった。

そんなことを考えながらも買い物を切り上げて家に帰ろうと決めた真由美の携帯が振動し、メールの受信を伝える。

相手は夫の坂井篤で、明日の夕方に大阪から戻るとのことだった。そのメールに返信はせず、彼女はメールの新規作成画面を開き久保田へとメールを送る。

電車に乗り込むと時刻は15時前で買い物帰りの主婦や学校帰りの学生たちで混んでいた。

久保田からの返信はなく、携帯を確認する回数ばかりが増えるので夫にもメールを返すことにした。明日の晩御飯は何が良いか?そんな内容のメールを打ちながらも彼女は罪悪感を抱いていた。

家に着く。学生のころに夫と結婚して今年で五年目になり、去年買った新築の一軒家を見上げる。夫の収入の割には豪華な外観と無茶なローンで建てられたその家には今は自分しかいない。

夫は仕事柄よく家を空ける。久保田にはホテル代が嵩むから夫がいない間は家で会おうと提案されたが彼女はそれを嫌がった。夫の買った家で不倫をするのが嫌だったというのもある。

久保田もまた、真由美を家に招き入れるのを嫌がった。理由は聞いていない。靴を脱いで鞄を下しひと段落すると、彼女は麦茶を飲みながら投函されていた郵便物に目を通す。

近くのスーパーのセールのちらし、新築にも関わらず入れられたペンキ塗やマンション購入の案内をゴミ箱に放り投げながら、そのうち一枚の封筒に手が止まる。

無地の白い封筒に兎のシールで封がされている。送り主は書かれておらず、自宅の住所や宛先も書かれていないその封筒に一瞬戸惑いを感じたが、特に深くは考えず封を切る。

その中には数枚の写真が入っていて、そこには真由美が久保田の腕に手をまわしている写真、二人がホテルに消えていく瞬間が抑えられている写真の二枚が入っていた。

驚いた彼女は反射的に写真の入っていた白い封筒を握りつぶしてしまったが、その時に何も入っていないと思っていた封筒の中に何かの感触を覚え、くしゃくしゃの封筒を元に戻しながらそれをひっくり返してみる。

中からはステンレスのプレートが出てきた。真由美はそのプレートに見覚えがあったが、それが何処で見たものかまでは思い出せなかった。

プレートを財布の中にしまい、二枚の写真をシュレッダーにかけ終えると彼女は急いで電話をする。もちろん相手は久保田だ。

何度電話をかけてもひたすらに呼び出し音がなるばかりで、久保田が電話に出る気配はない。久保田の仕事はバーテンダーだ。

基本的には夜中の仕事が多く、密会をするときも朝方に久保田の仕事が終わった後で、それから行為をした後、朝のうちか昼前に別れるのがいつものパターンになっている。

今頃の時間は夜中の仕事に備えて寝ていることが多く、電話に出ないのもいつも通りのことだ。しかしそれがいつものことであっても真由美は焦っていて、久保田以外に味方がいないような気がした彼女は必死に電話を鳴らすことしかできないのであった。

一目ぼれ

今日は、朝からツイてない。
目覚ましが鳴らなかったので、寝坊した。
だから、当然のように、朝食も抜き。
おまけに、自転車で駅へ向かう途中、タイヤがパンク。
結局、いつもの電車に乗り遅れ、少々遅れ気味で学校の最寄り駅に着く頃には、雨まで降り出した。
ツイてない日は、とことんツイてないらしく、校門の前には鬼のような形相の、熱血体育教師で生活指導兼務の勝山が立っている。
「こら、真辺! きさま、遅いぞ。
ダラダラ歩いとらんで、さっさと走って来んかーっ!!」僕の姿を確認するなり、愛用の『お仕置き棒』を振り回しながら怒鳴っている。
「おい、真辺、聞いとるんか~!!」無茶、言うなよ。
信号、赤だって・・・★横断歩道の対岸にいる僕に向かって、勝山は怒鳴り続けた。
「先生、おはようございます。
朝っぱらから、お役目ご苦労様です。
大変ですね」爽やかな微笑みつきで、そう言ったのだが、やっぱり勝山には通じなかった。
「この時間の、どこが早いんだ? 明日から、俺と一緒にここに立つか」「いいえ、結構です」タイミングよく、予鈴が鳴り始めた。
「あっ、予鈴だ。
では、先生。
急ぎますので、僕はこれで」助かった、と胸を撫で下ろしていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「ヤバ~イ! 完全に、遅刻だ…先生、ゴメン!!」振り返ると、勝山が閉めかけている門を、軽々と飛び越える女の子の姿があった。
そいつは、優雅に着地を決めると、顔を上げた。
「柚木、また、きさまかっ!! 今度遅刻したら、罰当番だって言った筈だ!」「あら、勝山先生。
お言葉ですが、予鈴が鳴っているようですよ。
ということは、当然、セーフですよね」ニッコリと可愛く微笑みながら、柚木藍はそう指摘した。
柚木は、華奢な体型にカワイイ顔立ち。
頭が良くて、何をさせても完璧にこなす、まさに非の打ちどころのない女の子。
僕と同じ1年C組だけど、残念ながら、席が近いわけでも親しい間柄というわけでもない。
「全く!! ああ言えば、こう言う。
だから、頭の良いガキは嫌いだ!」「ありがとう、センセ。
愛してる」そう言って投げkissを送ると、僕の側へ駆けて来た。
これには、内心驚いた。
「真辺くん、おはよう。
キミが遅刻なんて、珍しいね」「…おはよう。
寝坊の上に、自転車がパンクしたんだ」「あら、ご愁傷様」僕達は上履きに履き替えると、廊下を早足で歩いていた。
「柚木、遅刻の常習犯なのか?」「まぁ、ね」「それにしても、運動神経良いんだな。
見てたよ、校門を軽々と飛び越えるところ」「あんなの、大したことないよ……昔、練習したからね」そう呟くと、彼女は瞳を伏せた。
「練習? 体操か何か、やってるのか?」「まぁ、そんなところかな」彼女は曖昧に返事をすると、それ以上何も言わなかった。
多分これが、入学以来、密かに憧れていた柚木藍と、初めて交わした会話だった。
他愛もない会話だったけど、その日以来、僕と柚木は仲良くなっていた。
と言うより、彼女の方から声を掛けてくれるようになったのだ。
「真辺くん、一緒に帰ろう」ニッコリと微笑みながら、今日も柚木は言う。
「あっ、うん・・・」いつものことだけど、柚木と並んで歩いていると、周囲の視線が彼女に集まるのが分かる。
その視線は、やがて隣にいる僕へと向けられるのだ。
知らないヤツが見れば、付き合ってるように見えるのかもしれない。
柚木は、何とも思わないのだろうか?僕は、意を決して、思っていることを口にしてみた。
「なぁ、柚木。
どうして、僕なんかと一緒に帰るんだ?」「一緒に帰りたいから」あっさりと返ってきた答えは、これだった。
そんな柚木を見つめていると、僕の心を見透かしたような表情で訊ねて来た。
「答えになってない?」「いや、別に」「もちろん、真鍋くんのことが好きだからだよ」僕は、一瞬耳を疑った。
そ、それは、もしかして、告白ってヤツか!?告白された経験は元より、告白した経験さえない僕は、しばし呆然と立ち尽くした。
『僕もだよ』とか、言った方がいいのかな?思考能力がすっかり吹っ飛んでしまった頭で、必死に考えていると、何事もなかったように、柚木が訊ねて来た。
「クスクスッ・・・真鍋くん、どうしたの? 私、何か変なこと言った?」と。
そして、気付いた。
柚木は僕のことを、“異性として見ていない”、ということに。
それは、薄々気付いていたコトだけど、かなりのショックを伴い、心に突き刺さって来た。
だが、そんな僕の気持など全く気付いていないらしく、柚月はどんどん先へと歩いて行く。
その後を追って、僕も駅の近くにある公園内へと入って行った。
「私ね、6歳の時に誘拐されたことがあるの」「はぃ?」「実家は、結構お金持ちでね。
身代金をふんだくった挙句、口封じで殺されるところを、仲間の一人に助けられたの」一体、何の話をしてるんだ・・・?「ところが、私を助けたのはいいけど、家に帰す訳にはいかないって。
十歳になるまでの四年間、ずっとその人、秀治と二人で暮らしていたの。
見た目は、モデルか俳優張りの容姿だったけど、普段は詐欺師で、窃盗団とも繋がってたわ」それって、ドラマか何かの話か!?僕は口には出さず、柚木の言葉を待った。
「秀治と暮らした四年間、私は学校へ通うより、その片棒を担がされてたの。
五年前、彼が殺されるまでね」そう言って、少し寂しそうに笑った。
もし、その話が本当なら・・・あの運動神経は、その時培われたモノだったのか?「学校に行けなかった分、秀治がありとあらゆる知識を教えてくれた。
今でも、そのことに関しては感謝してるわ」俯き加減に話していた柚月の頬に、涙が伝わった。
「柚月・・・?」「秀治が撃たれた直後、彼を狙っていた組織の車に、私も撥ねられて・・・何日も生死を彷徨った挙句、それまでの記憶を無くして。
つい最近まで、全く思い出せなかった」僕は、思わず柚木を抱き締めていた。
「もう、いい。
よせよ、そんな話」「この話をしたのは、真鍋くんが始めてよ。
不思議ね、あなたと居ると凄く安心できるの」そう言って顔を上げると、間を置いて、こう続けた。
「私のコト、嫌い?」少し瞳を潤ませ、どこか不安気な表情で。
こんな表情を見せられて、嫌う男が居るだろうか?「僕も、好きだよ。
入学した時から、ずっと」素直な気持ちでそう答えると、彼女の不安を取り去るように、抱きしめている腕に力を込めた。
「ドラマや小説だと、無くした記憶が戻ると、それまでの記憶が消えてしまうって言うけど。
真鍋くんを好きだっていう記憶が、消えなくて良かった」ほんのり頬を染めながらそう呟くと、僕の腕からすり抜けた。
そして、空いていたブランコに座ると、柚木は思いっきりこぎ出した。
僕も隣のブランコに座り、同じようにこいでみる。
彼女のブランコは、あっという間に高さを増し、見ているこっちがハラハラするほどだった。
「柚木、危ないよ!」そう注意した途端、彼女は掴んでいた鎖から手を放した。
「ゆ、柚木っー!?」勢いのついたブランコから投げ出された柚木は、空高く浮かび上がり、すぐに放物線を描くように落下し始めた。
次の瞬間、彼女は身体を丸めると宙返りし、目の前の黄色いポールの上に見事な着地を決めた。
僕は慌ててブランコから飛び降りると、彼女の側へと駆け寄った。
「私の告白は、これでお終い。
これからは、普通の女の子として生きて行くわ」「そうだね・・・何があっても、僕が柚木を守るよ」柚月は、嬉しそうに微笑んだ。
それ以来、藍は並外れた運動神経を封印し、普通の女の子として、生活している。
7年後――大学を卒業するのを待って、僕達は結婚した。
平凡だけど、いつも笑