離婚のカギ【第1話】

真由美は都内のホテルの一室で煙草を燻らせる久保田の背中を見つめていた。

彼女が久保田と不倫関係になってから半年が経とうとしているが、夫の坂井篤が彼女の裏切りに気づく気配はない。

平日の朝方ということもありホテルの窓から見える景色はスーツ姿の男たちで活気づいている。

「次、いつ会える?」

真由美のほうを見ようともせず愛想なくそう問いかける久保田の背中を見つめながら、彼女は少し哀しい気持ちになった。

ホテルを出て昼の街に出るとすっかり活気づいていた。先週末から大阪に出張に出ている夫に義務的にメールを送信したのち、すぐに家に帰るのも勿体ないと思ったので買い物をすることにした。

特に何か欲しいものがあるわけでもなくぶらぶらしていると、真由美はいつの間にか男性衣料やバッグを扱う店に入っていた。

店内を見回していると男性店員が近づいてきて、愛想よく接客をしてくる。それを適当にかわしながら店内を見ていると、ふと目に入ったものがある。

それは昨晩ホテルで久保田に会ったときに彼が身に着けていたネクタイだった。紺色のそれを見ていると夫のことなど頭には全くない自分にふと嫌気がさした。

そして、久保田との秘密の関係を続けている自分に対して嫌気がさす程度には夫への愛情が残っていることに若干の安堵も覚えたのだった。

そんなことを考えながらも買い物を切り上げて家に帰ろうと決めた真由美の携帯が振動し、メールの受信を伝える。

相手は夫の坂井篤で、明日の夕方に大阪から戻るとのことだった。そのメールに返信はせず、彼女はメールの新規作成画面を開き久保田へとメールを送る。

電車に乗り込むと時刻は15時前で買い物帰りの主婦や学校帰りの学生たちで混んでいた。

久保田からの返信はなく、携帯を確認する回数ばかりが増えるので夫にもメールを返すことにした。明日の晩御飯は何が良いか?そんな内容のメールを打ちながらも彼女は罪悪感を抱いていた。

家に着く。学生のころに夫と結婚して今年で五年目になり、去年買った新築の一軒家を見上げる。夫の収入の割には豪華な外観と無茶なローンで建てられたその家には今は自分しかいない。

夫は仕事柄よく家を空ける。久保田にはホテル代が嵩むから夫がいない間は家で会おうと提案されたが彼女はそれを嫌がった。夫の買った家で不倫をするのが嫌だったというのもある。

久保田もまた、真由美を家に招き入れるのを嫌がった。理由は聞いていない。靴を脱いで鞄を下しひと段落すると、彼女は麦茶を飲みながら投函されていた郵便物に目を通す。

近くのスーパーのセールのちらし、新築にも関わらず入れられたペンキ塗やマンション購入の案内をゴミ箱に放り投げながら、そのうち一枚の封筒に手が止まる。

無地の白い封筒に兎のシールで封がされている。送り主は書かれておらず、自宅の住所や宛先も書かれていないその封筒に一瞬戸惑いを感じたが、特に深くは考えず封を切る。

その中には数枚の写真が入っていて、そこには真由美が久保田の腕に手をまわしている写真、二人がホテルに消えていく瞬間が抑えられている写真の二枚が入っていた。

驚いた彼女は反射的に写真の入っていた白い封筒を握りつぶしてしまったが、その時に何も入っていないと思っていた封筒の中に何かの感触を覚え、くしゃくしゃの封筒を元に戻しながらそれをひっくり返してみる。

中からはステンレスのプレートが出てきた。真由美はそのプレートに見覚えがあったが、それが何処で見たものかまでは思い出せなかった。

プレートを財布の中にしまい、二枚の写真をシュレッダーにかけ終えると彼女は急いで電話をする。もちろん相手は久保田だ。

何度電話をかけてもひたすらに呼び出し音がなるばかりで、久保田が電話に出る気配はない。久保田の仕事はバーテンダーだ。

基本的には夜中の仕事が多く、密会をするときも朝方に久保田の仕事が終わった後で、それから行為をした後、朝のうちか昼前に別れるのがいつものパターンになっている。

今頃の時間は夜中の仕事に備えて寝ていることが多く、電話に出ないのもいつも通りのことだ。しかしそれがいつものことであっても真由美は焦っていて、久保田以外に味方がいないような気がした彼女は必死に電話を鳴らすことしかできないのであった。