祭りの準備

私は倉本梓、高校1年生。私には、ずっと片想いをしている男子がいる。入学式の日に一目ぼれして以来、ずっとだ。その男子は加賀くんと言う。背が高くて、キリッとした眉が男らしい。

元来が引っ込み思案の私は、せっかく加賀君と一緒のクラスになれたのに、話しかけたりも出来ずにいた。

そんな私と加賀くんの間柄に転機が訪れたのは、学園祭の時期が近づく九月半ばのことだった。夏休みが過ぎて、野球部の練習で日焼けしたその頃の加賀君は、体も前より引き締まって、本当にカッコよかった。でも私はといえば、相変わらずの引っ込み思案で、夏休みも浮いた話ひとつなく、吹奏楽の部活に打ち込んでいた。ほかの男子に誘われることもなくて、そりゃ私は加賀くん一筋だけど、でも少し悔しかったりもした。

その日のホームルームで、担任の先生がこう言ったのが、私と加賀くんが急接近する切欠だった。

「じゃあ、学園祭の準備委員を決めるぞ。男女それぞれ一名。今決まらなくても、放課後までに考えてくれればいいんだが……」

学園祭の準備委員といえば、学園祭の準備を取り仕切る大仕事だ。力仕事もしなきゃいけない。私は、飾りつけをすることが大好きだったから、この準備委員の仕事に興味があった。けど、やっぱり大役すぎる気もして、立候補するのがちょっと怖かった。

「あれ、梓、学祭準備で色んな装飾するんだって張り切ってなかった?」

後ろの席のリエちゃんが、私に余計なことを言ってきた。日頃の無駄話で確かにそんな事を言ったけど、それを覚えているなんて。ちょっと迷惑だ。ほかの友達も、口々に、

「そういえば、飾りつけ好きだったよね」

「そうそう。梓が適任じゃん?」

なんて勝手なことを言ってきた。引っ込みがつかなくなった私は、おずおず手を挙げた。

リエめ、私が引っ込み思案だから言い出せないと思って、後押しをしてくれたのだとしても、やっぱ余計なお世話にしか思えない……。

なんて思いながら、私はうんざりして、窓の外を見ていた。すると、おおっ、とざわめきが起こった。

「梓梓、ヤバイ、大変」

リエちゃんが私の背中を小突いた。私は、何だろうと思って、視線を教室内に戻した。そして驚きに目を丸くした。

そう、加賀くんが手を挙げていたのだ。

「すんなり決まったな」

担任の先生が嬉しそうに去っていって、教室は何事も無かったかのように、いつもの、お喋りばかりの空間に戻った。でも私は放心状態だった。

準備委員は、放課後の時間を使って作業する。それだけ長い時間一緒に過ごすということだ。

「加賀君と……一緒にいられる……」

それどころか、二人きりになるチャンスだってある。

これは、大チャンス!

一気に大接近することができる。

「加賀のやつ、珍しいね。こんな係、やるようなキャラじゃないのに」

不思議そうに話しかけてきたリエちゃんの手をとって、私は何度もその手を揺さぶった。今頃になって興奮の波が押し寄せてきたのだ。

「リエ! ありがと! ほんとーに、ありがと!」

何がなんだかわからないリエちゃんは、ますます不思議そうにするばかりだった。

初めての委員会は、それから一週間後の事だった。その日が来るのが、待ち遠しくて、何日か前からドキドキして寝つきが悪くなったくらいだ。

委員会に出席するときは、同じクラスの人は隣同士座る。こんなにも、加賀君の近くに座ることなんて、今までなかった。これだけで幸せだ。

「……倉本さん。俺の顔に何かついてる?」

出し抜けに加賀くんが声をかけてきて、私はビックリした。顔が真っ赤になった。

「えっ! な、そんなことないよ!」

「そっか。いや、倉本さんさ、さっきから俺の顔をずっと見てるから、つい」

まじまじ見ていたのを気づかれていた!変な奴だと思われただろうか。私はいよいよ耳まで真っ赤になって、顔から炎を吹きそうだった。

「ご、ご、ごめんなさい! あのえっと、加賀くん休みの間に、日焼けしたよねっ!」

私は慌てて、なにがなんだかよくわからないことを口走った。すると、加賀くんは、プッと吹き出した。

「まさか、日焼けが気になって、俺の顔を眺めてたわけじゃないよね?」

「ち、ちがうけど……」

「じゃあ何で?」

かっこいいから、何て言えるわけがない。私は仕方なく、勘違いをそのまま理由にして誤魔化すことにした。

「ごめんね、やっぱ、日焼けが気になったの」

「あははは!倉本さん、面白いね!話せてよかったわ。これからよろしくな」

加賀くんが快活に笑ってくれたから、私はだいぶ幸せな気分になった。

それからの何ヶ月か、本当に幸せだった。私が重い荷物を運んでいると、加賀君は何も言わずに全部引き受けてくれた。逆に、加賀くんが苦手な経費の計算や細かい手仕事をやってあげた。

「やっぱ女子は器用だな」

看板の色塗りをする私の隣に、加賀くんが座って笑いかけた。その歯があまりに真っ白でくらくらしそうになった。

「そんなことないよ。私ヘタな方だよ」

「倉本の、そうゆう謙虚なとこ、好きだぜ」

加賀君はそれだけ言うと、ぷいっと顔を背けて、別の人の手伝いに行ってしまった。

私は、すっかり色塗りの手を止めてしまった。

「今好きって言った……?」

不意打ちの、嬉しい言葉。

もう、この日の私は、使い物にならなかった。

そしてついに、学園祭の前日がやってきた。準備委員は全体の監督が役目だ。クラスメイトがざわざわと騒ぎながら準備をしている。

今年、うちのクラスは縁日をやることになっている。装飾のなかには、私がプランを立てて材料を買い、色塗りをしたものもある。加賀君や他のクラスメイトと一緒にホームセンターで買出しをして、本当に楽しかった。

「やば、すごい達成感」

出来上がりつつある教室の装飾を見て、私は思わずつぶやいた。

「ほんと。これ倉本のアイディアがほとんどだもんな」

ふと気づくと、隣で加賀くんが笑っている。この頃になると、もう加賀君はクラスの皆の前でも、私を苗字で呼び捨てにしてくれていた。

「ここはあたしらやっとくし、二人はちょっと休んでていいよ。働きすぎじゃん」

的当て用のパネルを抱えたリエちゃんが、そう言った。私の方をみて、ニヤニヤしている。ひょっとしてリエちゃんは最初から、私が加賀くんの事を好きだってこと知ってたのかな、なんて思った。

「じゃあそうすっか。行こうぜ」

私は加賀くんにうながされて、準備委員が普段使っている用具室に向かった。途中、ほんとうに何気なく、加賀くんが私の手を引いて歩いてくれた。

準備委員は皆が出払っていて、用具室は無人だった。

「倉本、ありがとな。色々手伝ってくれて。お前がいなかったら、うちのクラスの縁日はもっとしょぼかったと思うわ」

「そんなこと。私こそ、加賀君と一緒に準備できてよかった」

でも、この祭りの準備が終わってしまったら。私と加賀くんの接点はもうなくなってしまうのだ。それを思うと気が重くなった。加賀君は私のそんな様子を知ってか知らずか、準備中の思い出を語っている。

告白しなくちゃ、チャンスなんだから。

私は勇気を振り絞った。準備委員に手を挙げた時は、リエちゃんの後押しがあった。でも今度は、自分の意志で一歩を踏み出さなきゃ。もう引っ込み思案じゃだめなんだ。

「加賀くん。私、加賀くんのことが」

「俺さ、倉本が手を挙げたから、慌てて立候補したんだぜ」

「えっ?」

我に返ると、加賀君は、はにかんだ表情で鼻の下をかいている。お互いに、相手の目を上手く見ることができない。

「私、あの、ずっと加賀くんの事が、気になってたの」

「俺もだよ。でもなかなか話しかけるチャンスなくて」

それから加賀君は色々なことを話してくれた。私の控えめな様子が気になっていたことや、女子に話しかけるのが苦手だから、なかなか接近できなかったこと。

「でも実際に話してみたら、すげえ面白いし、それに器用だし、なんかすっげーなーって思ってたら、気になるのが止まんなくなってたんだよな。それにやっぱ、一緒に準備してて、楽しかったし」

夢のような言葉だった。憧れの加賀くんから、そんな風に言って貰えるなんて、思いもしなかった。

「私、準備委員に立候補してよかった。加賀くんと一緒にいられて、私も楽しかったし」

「俺もだよ」

加賀くんが私の手を取った。それから、少し躊躇しながら、やがて真っ直ぐ私の目を見た。

「やっぱ、人の顔まじまじ見るの、照れるわ。倉本はすげーな。俺の顔あんなにじっと見れてて」

「あの時の話はやめて、恥ずかしいから。それに、それは、私が今まで影から加賀君のことを見てたからだよ。ノゾキ……て感じかなあ? でも今は面と向かって、向き合ってるから……恥ずかしいよ」

加賀君が嬉しそうに笑った。

「なんだよ、それ。おまえ、変な奴だな、やっぱ」

「うるさい」

祭りの準備が終わっても、私たちは一緒にいられるだろうか。そうするためには、私が自分から行動を起こさなきゃいけない気がした。待っているだけじゃダメ、自分から好きだと言わなきゃ。

「あのね。加賀くん」

「うん」

しばらくの間、沈黙が流れた。ドキドキが喉を締め付けて、声がなかなか出ない。ようやく搾り出した言葉は、緊張で少し裏返っていた。

「明日さ、学園祭さ、一緒に見て回ろ!」

緊張で背筋を伸ばしていた加賀君は、私の言葉を聞くと、ふっと息を吐いてリラックスした。

「はじめっからそのつもりだよ!」

そうして、私の頬を軽くつねった。

結局、私は、しっかり告白できなかった。遊びに誘うのが精一杯。でも、少しづつの前進でも、いいよね。いつかきっと、しっかり、目を見て伝えようと思ってるから。好きだってことを。