相手の居ぬ間に・・・【前編】

彼女と出会ったのは、妻との仲が冷えきり始めた頃の事だった。妻とは結婚して3年になるが、子供ができないことと私の仕事に残業が多いことが、不仲の原因だろうと思う。子供の成長のためにと借りた一戸建ては空虚な空間だった。
妻を顧みない私への当てつけだろうか、彼女は犬を飼い始めた。ジュンヤという、およそ犬に似つかわしくない名前だった。それを不思議に思った私が妻に名前の理由を問いかけると、妻はぬけぬけと言い放った。
「元彼の名前だけど?」
これが私への嫌がらせでなくて、なんであろうか。妻の性格の悪さはこの日を境に露見し始めた。夕食もろくに用意せず、かといって働きもせず日がな一日CS放送を見ている。家は最低限の掃除しか為されないために荒れ果て、私の私物はたまにヤフーオークションで売りに出されているようだった。オークションで稼いだ金で寿司や高級イタリア料理を食べに行ったりもしたようで、丁寧に明細を見せつけてきたことまであった。
精神を病んでしまったのだろうか、と思ったが、近所付き合いには何の支障もなく、むしろとても社交的で人当たりも良かった。
いよいよ、自分だけが嫌がらせをされていると思え、腹が立ってくる。

その日、残業を終えた私は、傍若無人で役に立たない妻がひっくりかえって寝ている様を想像してしまい、ふいに帰宅するのが嫌になった。このまま酒を飲んで、それからカプセルホテルにでも泊まろうと思った。家に帰って気詰まりな思いをするより、金は無くなるが快適に一人の時間を過ごす方がましだ。もう妻の足音すら聞きたくなかった。
繁華街の適当な居酒屋を何軒か梯子しているうち、終電が無くなった。酔いの加減も程良く、暗い街を我が物顔で歩くのはなかなか悪くない気分であった。
カプセルホテルへの道すがらに、占い師が座っていた。黒いベールを被って、四角い箱のような台の上には水晶玉が置いてある。世間のイメージ通りの占い師だ。あまりにも典型的すぎて胡散臭かったが、酔っぱらっていたこともあり、私は占ってみるつもりでフラフラと近づいていった。
「今晩は。占いのご用でしょうか」
若い女性の声だったので、私は少し驚いた。若い女性が、こんな夜中に一人、人気のない路地にいるなんて不用心ではないだろうか。
とはいえ、そんな指摘も野暮だろう。好奇心も手伝って、私は女に占いをしてもらうことにした。
女は私と水晶玉を交互に見比べていたが、しばらくすると重苦しいため息をついた。
「言いにくい事ですが、最近、奥様との不仲で悩んでおられませんか?」
悩みを言い当てられ、私は面食らった。驚きのあまり言葉を発せずにいると、占い師の女は続けてこうも言った。
「お気の毒ですが、奥様は浮気しておられます。それが原因で、あなたから心を離しておられるのです」
「な、なんだって?」
ようやく言葉を発することができたが、私の様子はさぞかし間抜けだっただろう。
「明日、残業があると奥様に嘘を教えなさい。奥様は大喜びで外出するでしょう。あとをつけてごらんなさい」
私は放心状態のまま占い師のもとを放れた。その後、どこをどう巡ったかわからない。公園かどこかで眠った後、家に戻ったのだろう。目を覚ますと、スーツ姿のまま家のベッドに倒れ込んでいた。

「今日、残業で遅くなるから」
出来合いの総菜で朝食を済ませながら、まだ寝室から出てこない妻に声をかけた。むろん残業は嘘だ。
占い師を信じるのは馬鹿げてるかもしれないが、あの怪しい雰囲気をどうしても信じてしまいたいのだ。
それに、浮気していてくれれば私としても離婚しやすい。などと悪い策略を巡らしていた。

仕事を早く切り上げ、家の前の喫茶店でじっと自宅を観察すると、着飾った妻が出てきた。ほどなくして、見たことのない車が乗り付け、妻を拾ってどこかへ去っていった。
浮気されている、という事実によって、私はほっとしたような、反面許せないような不思議な気分に襲われた。何故だかはわからないが、私はあの占い師のもとへ向かっていた。
占い師は私の顔を覚えていたようで、
「そのご様子だと、私の占いは当たっていたようですね。お気の毒様です」
「あんたの占い、本当に当たるんだな」
「当たらなければ占いではありませんよ」
「もっともな話だ。俺はこれから、どうすればいいのか、占ってくれないか」
「どうすれば、とは? ぼんやりしすぎて、占いようがありませんわ」
「妻に復讐するか、それともさっさと離婚して新しい恋をするかだ」
「奥様との離婚は、今のままでは成立しませんわ。奥様は、あなたに嫌がらせをしながら、浮気相手という特別な間柄の人物と密会するスリルを楽しんでいるのです。そのスリルを手放すようなことはしないでしょう」
「では、どうすれば」
「あなたも浮気をすればいいのですよ」
占い師は微笑した。私はふいに、カプセルホテルと同様に林立しているラブホテルに意識を向けてしまった。こうなればヤケだ。私は占い師の女の手を取った。
「では、浮気相手になってください!」